セントポーリア
6
そんなソールの仕草をどうとったのか、詩織はくすくすと笑う。
「…学生さんっていいよね」
「そうですか?」
「うん、青春してて、羨ましい」
「青春、ね……」
なんともこそばゆい響きの言葉だ。
くすくす笑う詩織にとって、高校二年生のソールはやはり若僧なのだろうか。ソールはやれやれと首を振る。
「まぁ、ある意味俺は、青春真っ盛りですけどネ」
「…ふふ、羨ましい」
「俺が羨ましいなら、センセイもいつでも仲間に入れてあげますよ」
「…?」
にこり、と母譲りの美貌を存分に生かし、艶やかに微笑む。
“青春真っ盛り”のソールに落ちてくれれば、いつでも彼をその青臭い春へ誘ってあげる。
そんな意図を持って笑ったのだが、当然天然素材の詩織には伝わる事はない。それは、ソールも充分分かっていた。
ただ、笑顔はそれなりに効いているようで、白い詩織の頬がほんのりと朱に染まっている。その辺りは日本人離れした絶世の美貌に生んでくれた、母に感謝だ。
こうやってじわじわと、彼の心臓を侵蝕していければいい。
気付かぬうちに籠絡させて、気付いた時にはもう、逃がさない。
「……ね、センセイ?」
「え、うん…?」
微笑みながら同意を求めるように首を傾げれば、不思議そうに瞬いた詩織が曖昧に頷く。
訳も分からず頷いたのだとは知っているが、彼の是の言葉に機嫌良くソールは唇を歪めた。
「ふふ、ありがとう」
「…?」
愉しげに笑うソールが何を思案しているのかは知らないまま、詩織がぱちりと胡桃色の瞳を瞬かせる。
授業態度も真面目で成績も良く、見た目も麗しいソールだが、性格は少し変わっていると詩織は思う。
…もちろん、それも彼の持ち味であって、嫌いではないけれど。
ふと、ソールの白魚のような指先が、畳に置いた詩織の手の甲をなぞる。
「わっ…?」
くすぐったいその感触に、肩と一緒に何故か心臓が跳ねた。
詩織の反応にくすくすと笑うソールが、その宝石のような青玉を細める。
「…あっ、何…?」
「今日は何を書くのカナー、って」
「あ、あぁうん。…今日はお仕事もないから、いつもみたいに適当に、のんびり書いていくよ」
応えながら、詩織は彼の指が触れた手の甲を、無意識に反対の手で包み込んだ。
むずかゆいような感触が、まだ肌に残っているような錯覚がする。
「…センセイ?」
「…あ、ううん、何でもないよ」
誤魔化すように首を振って、詩織は白い半紙に向き合った。
(…何か、変だな)
彼が書道室に遊びに来てくれるのはとても嬉しくて、楽しい筈なのに、どこか落ち着かない。
そのささめく心臓さえ彼の計算通りだなんて、詩織は知る由もない。
傍らのソールが、クスリと艶めいた笑い声を漏らした。
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