セントポーリア
3
「ふぅ…、本当にありがとうね、相模君」
「どういたしまして」
んー、と伸びをしながら言う詩織に、雪羽が小さく笑った。
とりあえず資料室を出て再び鍵をかけると、手伝ってくれた優しい教え子を振り向く。
「こういう時、先生っていうのはナイショで手伝ってくれた生徒にジュースを買ってあげたりするらしいよ」
「ふふ、そうですか」
悪戯っぽく笑って言った詩織に、雪羽もつられるようにクスクスと笑った。
ちょうど近くにあった自動販売機にちゃりんと小銭を入れて、詩織は教え子を振り向く。
「120円の報酬で悪いけど、好きなのを選んで」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた雪羽は、カラフルに光るボタンの上で指をさまよわせた後、アイスコーヒーの販売ボタンを押した。
ガコン、と音がして腰をかがめた雪羽が缶コーヒーを拾い上げる。
「…ごちそうさまです」
「ううん、此方こそありがとう」
軽い労働をこなして暑くなったのか、冷たいスチール缶を赤くなった頬にあてて雪羽は瞳を細めた。薄い色の虹彩が、玻璃の玉のようにキラキラと光って綺麗だ。
その様子を見て、詩織も自分の分の緑茶を買った。彼に倣ってよく冷えた缶を頬にあてると、ひんやりとして心地好い。
「…夏休みが終わっても、まだまだ暑いね」
「そうですね。…でも此処山の中だから、街よりはかなりマシな方ですよ」
「それもそっか」
他愛もない世間話をしながら、階段を下る。
今日は形式上書道部の活動日なので、詩織は書道室に戻らなくてはいけない。
「良かったら、相模君も書道室に寄って行く? …特に何かお持て成しが出来る訳じゃないけど」
「そうですね…。…あー、でも…」
詩織の言葉に考えるように首を捻った雪羽が、時計を見て小さく声をあげた。
「…もう時間かな?」
「そう…ですね、そろそろ帰って夕飯作らないといけない時間です」
「そっか、それなら早く帰らないとね」
眉を下げて困ったような顔をした雪羽に、詩織は気にしなくてもいいよと首を振る。
「また今度、寄らせて下さい」
「うん、いつでもおいで」
「はい。…あ、コーヒーごちそうさまでした」
「こっちこそ、手伝ってくれてありがとうね」
書道室のある特別棟への渡り廊下で、詩織はぺこりと頭を下げ階段を下りて行く雪羽にひらひらと手を振った。
「気を付けて帰るんだよー」
階下へ消えていく背中を見送ると、詩織は手にした緑茶の缶を軽く首筋にあてて伸びをした。
「…ん、僕もそろそろ行こうっと」
通い慣れた廊下を歩いていくと、書道室の前に見覚えのある影が立っていた。
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