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アットホーム・ラブライフ
弟と弟分と

「お願い、藤兄! 一週間でいいから家に泊めてください!!」
「……」


とある日の午後。店に入ってくるなり俺たちの「いらっしゃいませ」よりも早く、腰の角度45度の美しい最敬礼を決めてそう言い放ったのは、俺の実弟だった。


「桜……」


上から五番目、俺にとっては三番目、末の弟にあたる桜の突然の登場に、俺はコーヒーカップを持ったまま彼の名を呟く事しか出来なかった。

エスプレッソマシーンを清掃していたバイト大学生も、時間帯の問題で店内に二組しかいなかったお客様たちも、入ってくるなりいきなりの桜の行動にぽかんとしている。

あまり多人数ではないとはいえ店中から視線を集めながらも、桜は頭を上げない。おそらく俺の言葉を待っているのだろう。

弟の頼みを無碍に断る事はない。が、とりあえず事情くらいは聞かなくてはならないだろう。俺は頬を掻きながら、カウンター席を示して桜に言った。


「あー、桜。とりあえずどうしてそうなったか聞くから、一旦座れ。俺の方が恥ずかしい」
「はーい」


そう言うとあっさり顔を上げた桜は、カウンター席ど真ん中に座った。

此方を窺っていたお客様たちに愛想笑いを返しつつ、俺はコーヒーを淹れた。桜は砂糖は要らないが、ミルクは多めに入れるんだったよな。

身内のよしみでホイップミルクを載せてやると、桜はパッと顔を輝かせた。昔から好きだったよな、これ。


「……で?」


桜がコーヒーを一口含んだのを確認してから、俺は改めてそう訊く。

マグカップをカウンターに置いた桜は、てへっ、と言う形容が似合いそうな表情で言った。


「アパートの電気止められちゃった」
「……どうしてそうなった」


いや、料金未払いだから止められたのは分かるが、桜もバイトをしている筈だし、学生組には実家から生活費の足しにと仕送りがなされている筈だ。

思わず額に手のひらを当ててそう訊き返すと、桜は気まずげに視線を漂わせながらも答える。


「今月試験期間でほとんどバイトが出来なくてさ……」
「仕送りあるだろ?」


具体的にいくら貰ってるかまでは知らないが、公共料金くらいは払えるだろう。

訊き返すと、更に気まずそうな桜の表情。


「……仕送りは携帯料金に消えました」
「ライフラインよりも携帯を優先するなよ、アホ!」
「うぅっ」


真っ当な俺の怒りに、自分でもそれは思っていたのか桜が小さくなる。なんとなく此方の話を聞いていたらしいバイト君やお客様も、俺の言葉にうんうんと頷いていた。

正しくは携帯代と食費に消えたらしいが、携帯くらい、家の電気に比べれば止められても構わないだろうに。俺はそう思ったが、桜はぽつりと呟いた。


「だって、ケータイ止まったら、あの人からメールがあっても気付けないし……」
「あ?」
「な、なんでもない」


ふるふる首を振った桜に、首を傾げる。

なんだ、彼女でも出来たのか?


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