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アットホーム・ラブライフ
6

「…頭の中で『さん』付けも考えたんだけど、『フジサン』っつーのがどうにも微妙な響きだった」


微妙な葛藤は雄飛の中でも行われたらしく、微かにしかめた表情でそう返された。

まぁ、確かに日本一の名山と同じ音だもんな。その気持ちはなんとなく分からないでもない。しかし俺としては28年間慣れ親しんできた名前だから、そんなのは今更慣れっこなんだけど。


「……別に、いいだろ」
「うーん…、まぁ、いいけどさぁ」


もうちょっと他に呼び方ない?、と言う前に、雄飛少年は先回りして俺の曖昧な肯定を引き出した。

うん、まぁ、いいんだけどね。

しきりに首を傾げている俺に、テーピングした足をゆるゆると揺らしていた雄飛が再び声をかける。


「俺じゃなくて、藤の方は帰んなくて平気なのか?」
「ん? あぁ、明日休みだし。どうせもう終電間に合わないし。それに、雄飛を此処に一人置いて帰る訳にもいかないだろ」


彼を店の中へ連れ込んだ時点で、今日中の帰宅は諦めている。どうせ独り暮らしだし、店での寝泊まりも慣れたものだ。


「一応、従業員用の仮眠室があるから、雄飛は其処で休みな。今日は帰れないんだろ?」
「…あぁ」


店の奥のドアを示しながら言うと、雄飛はやや戸惑った表情をしながらも頷いた。

とりあえず仮眠室まで連れて行こうかと、座ったままの雄飛の前で手を差し伸べると、彼は差し出した手のひらと俺の顔とを見比べながらそっと手を重ねた。

俺のよりも大きな手のひら。既に俺より頭一つ分程は上背の高い雄飛だが、成長期はまだ終わっていないだろうからまだ伸びるのだろう。何とも羨ましい限りである。


「……俺が言うのも何だけどさ、」
「ん?」
「アンタ、お人好し過ぎない?」


呆れたような口調とは裏腹に、戸惑ったような、心配しているような瞳で見下ろされる。

お人好し、お人好しなぁ。確かにその通りかもしれないけど。


「放っておけなかったんだ。仕方ないだろ」
「…………」


何でもないように笑って言うと、雄飛は口を閉じた。

しかし、俺だって流石に見るからに此方に悪意があるような怪しい人間を身の内に引き入れたりはしない。

世話を焼いてもいい、と思ったのは少年が案外真っ直ぐな性根を持っているように見えたから。
結果、彼が実は俺に害意を持っていて俺を傷つけようとも、それは俺自身に見る目が無かったという事で、俺の自業自得だ。


「つまり、俺は雄飛を信用したから世話を焼いたんだよ」
「…………お人好し」


君はいい子だから大丈夫だろ? と、そう言ったに等しい俺に対して、彼から返ってきたのはその一言だけだった。

けれど、見上げた少年の頬は照れたように赤く染まっていて。微笑ましいなぁ、なんて思った訳だ。


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