アットホーム・ラブライフ
5
「あれが俺の本気だと思うなよ」
「起き抜けだったんだから、本調子じゃない事は分かってるよ。それに、その割にはなかなか切れ味の鋭い拳だったし」
笑いながら返すと、彼は小さく鼻を鳴らした。
「……っと、これでいいかな」
そんな会話をしているうちに、テーピングも完成だ。しっかりと巻いたので、これである程度なら動かしても大丈夫だとは思うが、さて。
「これなら多少は動かせると思うんだけど、大丈夫そう?」
「…あぁ」
軽く足を動かし、頷いた少年。立ち上がろうとしたところをそのまま座っていていいと止め、俺はカウンター内側に立てかけてある古い柱時計を見上げた。
アンティーク時計の針が示すのは、既に終電スレスレの時間だ。急げば間に合わない事もないかもしれない時間だが、怪我人の少年を連れて急ぐなど本末転倒だ。
「……、こんな時間まで家に帰らなくて、保護者の人は心配してないか?」
「…、出張で親居ねぇから」
「そっか」
短く言った少年は軽く視線を逸らし少々気まずげだったが、俺は言及はせずに頷いた。
それは、咄嗟に吐いた嘘だったのかもしれない。けれど此処で俺が根掘り葉掘り聞き出すよりも、何事もなく明日の朝、彼を家に帰した方がいいと思う。
どうやら彼はあまり事情を詮索されたくないようだが止めおくが、最低限呼び名くらいは訊いておいてもいいだろうか。
「……そういえば、今更だけど名前は? あ、俺は更科藤」
「…フジ?」
「植物の、草かんむりの『藤』」
訊き返された名前に、言いながら宙に漢字を書いて説明する。そんなに難しい名前ではない筈なので、彼は一つ頷いた。
「…って、俺の名前じゃなくて、君の名前な? それとも、それも言いたくないか?」
それなら、無理にとは言わないけれど。
俺はそう言ったが、少年はゆるりと首を振って自分の名前を口にした。
「……ユウヒ、だ。榎本雄飛(えもと ゆうひ)」
「ユウヒ?」
「ユウヒは夕焼けじゃなくて、雄に飛ぶって書く」
「雄飛、か。格好良い名前だな」
お世辞ではなく割と本気で格好良いなと思って褒めてみたのだが、少年――雄飛は無反応だった。
「……藤、」
「…呼び捨てかー」
ふと口を開いた雄飛がさらりと俺の名前を呼び捨てにした為、思わずそうぼやいてしまう。
見た目そうは見えないかもしれないが、此方はおそらく雄飛少年よりも一回り近くは年上である。呼び捨てなんて気に食わん!、とまではいかないが、なんとなく微妙な気持ちにはなってしまう。
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