アットホーム・ラブライフ
3
「…とりあえず立てるか? 帰るなら乗りかかった船だし、駅まで送るけど」
「……」
俺の顔と差し出した手とを見比べたまま、少年は黙り込む。
答えがない事に俺も微かに眉を上げるが、やがて少年はゆるゆると首を振った。
「……帰れない」
「は?」
「多分、今まともに立てねえから」
「えっ…」
渋い顔で言った少年に、俺はぎょっとして彼を見返した。
まともに立てない、とは何故だろうか。そんなに怪我が酷いのだろうか。
そんな言葉が顔に出ていたのか、彼は俺を見上げてゆるりと首を振った。
「…別に、足が捻挫してるだけ。そんな大袈裟な怪我じゃないから、ケータイしまえよ」
「……、ホントに大丈夫?」
知らず、手には携帯電話をスタンバイしていたようだ。しかも119番を押すつもりだったのか、指がしっかりと1のボタンにかかっていた。無意識すごい。
しかし、自分では立てないと言っている少年をこのまま路地裏に放っておく訳にもいかない。ようやく春めいて来たとはいえ、夜はまだまだ冷えるのだ。
救急車は要らないというなら、取れる選択肢は限られてくる。
俺はちらりと腕時計を見た。どうせ、明日は俺にとっては休日だ。具体的な予定も特には決まっていなかった。
俺は一度引っ込めた手を、再び少年に向かって差し伸べる。
「肩貸すから、一回立って。まさか一晩中此処にいる訳にはいかないだろ?」
「……駅までは歩けないけど」
「駅までは無理でも、そこの店の中に入るまでくらいは頑張ってくれ。湿布もあるし、一応仮眠用のベッドもあるから」
ぱちり、と少年の切れ長の瞳が瞬く。
いや、だってここまで関わっちゃった以上、放って帰るなんて出来る訳ないし。店に寝泊まりするのも、そんなに珍しい事じゃないから。
手を差し伸べたまま無言で少年を見つめると、彼は暫くぽかんとした後、素直に俺の手を掴んだ。そのままぐいっと腕を引っ張って彼を立たせると、挫いているらしい足の負担にならないようにすかさず肩を貸す。
座っている時も思った通り少年はなかなか体格が良くて、俺よりもなかなか上背が高かった。俺がそんなに身長が高くない方とはいえ、彼は頭一つ分くらいは大きい。
「小さいから掴まりづらいか?」
「……いや」
俺を見下ろしている少年に、そんな事を訊いてみる。
掴まりづらいのは事実の筈だが、はっきり口にするのははばかられたのか彼は曖昧に口を濁した。俺はふっと笑う。
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