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アットホーム・ラブライフ
柳(20) 冬

* * *



弟の視線に籠もる熱を、意識し始めたのはいつの事だっただろうか。

きっかけだなんて覚えていないくらい、昔のこと。最初から僕にとって“彼”が特別だったから、気付いてしまったのだろう。

すぐ下の弟の手が撫でていった自分の髪を無意識になぞっていれば、不意にかかった声に顔を上げる。


「…柳、まだ休んでいなかったのか」
「菊(きく)兄さん」


牡丹の消えて行った廊下から、顔を出したのは長兄。

家業である古武道場を継いだ上の兄は、相変わらずもう四捨五入すれば30歳になるのだとはとても思えない見た目をしている。…まぁそれは、自分を含めた更科兄弟全員に言えた話なのだけど。

テーブルの上のマグカップを見ている菊兄さんに、返ってくる答えは知っていながらもとりあえず問う。


「兄さんも、コーヒー飲む?」
「…あ、いや……遠慮しておく」


変化に乏しい表情を一瞬強ばらせ、ふるりと首を振った兄に苦笑いする。

…兄弟の中で、僕の淹れたコーヒーなんて飲みたがる奇特な人間は、牡丹だけだ。

僕は、昔から料理がからっきし駄目で。お茶汲みひとつでも、まともな出来にはなりはしない。

僕の落としたコーヒーを見て微妙な表情をしている菊兄さんに笑みを返し、牡丹の使ったカップを取り上げる。


「……残りは後で、また牡丹に持って行くよ」


先程落とした分は、もう一杯分程残っている。どうせ、牡丹以外は飲みやしない。

そう言うと、菊兄さんはゆるりと首を振った。


「いや、お前はもう此処を片付けたら休んでいい。…あまり遅くまで起きていると、躰に障るぞ」
「…そんなに心配しなくても大丈夫だよ。最近は体調も良いから」


牡丹も、菊兄さんも、心配のし過ぎだ。

確かに僕は、躰が丈夫じゃない。お陰で外に働きには行けず、今は家業の手伝い、道場を継いだ菊兄さんの補佐をしている。

朝早くからしなければいけないような仕事はないし、別に少しくらい夜更かししたって平気なのに。

菊兄さんが、家族くらいにしか分からないような微かな仕草で眉を顰め、首を振る。


「牡丹の夜食なら、後で私が持って行く」
「大丈夫だってば。…僕が、行く」
「…………」


頑なに言った僕に、兄さんが小さくため息を吐く。

…僕が、牡丹を見守りたいだけ。それはただの我が儘なんだけれど、少しくらい言わせて欲しい。

強引に話を切り上げようとカップを片付け始めると、背後で兄さんは諦めたように肩をすくめたようだ。


「なるべく早く、休むんだぞ。…それから牡丹にも、頑張るのは良いがあまり根を詰めすぎないようにと伝えてくれ」
「うん。…ありがとう兄さん、おやすみなさい」
「…お休み」


居間を出て行った足音が遠ざかり…、そう言えば兄さんは此処に何の用事だったのかと思った刹那足音が帰って来る。


「…水を、取りに来たのを忘れていた」
「……」


僕たちの長兄は、生真面目に見えて案外抜けている。


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