アットホーム・ラブライフ シュガーピンクを指先に載せて 「ただいまー、……ん?」 5限までたっぷりと講義を堪能してから(必修だから避けようがないのだ)家に帰ってみれば、ルームメイトは既に帰宅していたらしい。 玄関のドアを開けてみれば、夕食の匂い…とは明らかに違う独特の匂い。 男にはあんまり馴染みのない、この匂いは……。 「あ、おかえり、稜也」 「ただいま、桐。…それ、マニキュア?」 「あぁ」 ぺたぺたと小さなハケで、これまた小さな彼女の左手に載せた、可愛らしいピンク色。 桐だって18歳の女の子なのだから、マニキュアくらい別段珍しくもないのかもしれないけれど、半年程ルームシェアをしていて実際彼女がマニキュアを塗っているのは初めて見た。 俺は参考書を入れた鞄をソファーに下ろすと、ローテーブルの側に座った彼女の隣に腰を下ろす。 「…珍しいな?」 「ん? あぁ、友人がコスメの詰め放題でたくさん買ったからと、何個か譲ってくれてね。せっかくだから、こうして塗ってみているのさ」 薄くピンク色を載せた左手を掲げて、ひらひらと振ってみせる桐。 彼女の為に買われたのではないらしいけれど、その甘そうなピンク色は桐に似合っている気がした。 しかし綺麗に彩られている左手に対して、右手側は地爪のままだ。…桐の場合は地のままのネイルピンクでも充分綺麗だが、片方だけ塗って片方は塗らないというのもおかしい。 「右手は塗らないの?」 「…利き手に塗るのは、少し難しくてね。実は先程から何度か失敗しているんだ」 桐は苦笑いして、マニキュアの小さな瓶の隣に転がる除光液を示した。…帰宅した時に鼻についた匂いは、マニキュアのものだけではなかったらしい。 「何度も塗って落としてを繰り返すのも、何だか勿体ないね」 苦笑いする桐がマニキュアの瓶を開けたのを、そっとその手の甲に指を添えて制す。 「良かったら、俺がやろうか?」 「え?」 「俺が桐の右手に塗るんだったら、俺は両手が使えるしね。それなりに器用な方だし、とりあえず任せてみてよ」 誰かの指にマニキュアを塗った事なんて正直ないけど、利き手を使えるしいけると思う。 …桐のその小さく可愛らしい手を掴む、口実も交えて。 桐の手からマニキュアの瓶を奪い、小さなハケにピンク色のエナメルを含ませる。 「ほら、手貸して」 「う、うん…」 素直に差し出された桐の手を掴み、小さな小指からハケを滑らせていく。 …ふむ、こんなものか。 一度塗ってみれば勝手を掴むのは簡単で、俺は桐の小さな指先に集中しながら、次々と淡いピンク色を彼女の爪に載せていった。 「…稜也、上手だな」 「ありがと。…んー、こんなもんかな」 我ながら良く出来たとも思うけど、桐が褒めてくれてますます気分が良くなる。 最後に表面を乾かすように、彼女の指先にふっと息を吹きかけておしまい。…瞬間ぴくっと震えた桐の手と肩が可愛くて、唇が緩んだ。 「ん、可愛い色だな」 「…ありがとう」 桐の方が可愛いけど。…なんて台詞は、流石に声に出す事は出来なくて呑み込む。 ふわっと笑った桐に微笑みを返しつつ、どういたしましてとマニキュアの瓶を閉めた。 「……稜也」 「ん?」 「せっかくマニキュアを塗ったんだから、…明日何処かへ行こうか?」 可愛く飾った女の子は、誰かと外へ出掛けたくなるのが世の常。 その相手が俺である事に満足しつつ、俺はじゃあ何処へ行こうかと微笑みながら返した。 シュガーピンクを指先に載せて (可愛い君に、釣り合うくらいのお洒落をしなくては) -------------------- 利き手にマニキュア塗るのって難しいですよね、っていう話(笑) 薄衣はよく失敗します ← 便乗してナチュラルにちゃっかりセクハラもかます稜也(笑) 器用な男の子って有利ですね!w 桐は別に不器用な訳じゃないんですが、慣れてないので。 11/8/7 [戻る] |