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書きかけ放置文まとめ
俘虜日記 W

パラパラと本のページを捲る。アスハは今日も、ゼルディアの執務室で読書に勤しんでいた。

当のゼルディアは、先程軍議だとアスハを残して部屋を出て行った。今は、比較的広い部屋の中に一人だ。

膝の上に大きなハードカバーの本を載せ、アスハはのんびりとページに目を通す。

今開いているのは、赤の国の歴史書だ。赤の出身ではないらしいアスハには初めて知る事柄が多く記されていて、ここにきて大きく膨らみ続けている知識欲を満たす事が出来る。


「…金暦604年、カーディナル戦役…」


記述を指でなぞりながら、そう声に出して呟く。

この場にアークライン少佐が居たなら、試験前の学生よりも勤勉だと笑っただろう。

それは300年程昔の赤の国の大きな内戦で、一人の少年を擁した反乱軍が、当時の王家を相手に戦ったのだとか。

藍色の瞳で記述を追っていると、ふと視線がとある単語を捉える。ビクリ、と肩が強張った。


――……反乱軍の擁した少年は、[泉]であったと推測される……


「[泉]……」


耳慣れない単語。…聞き覚えのある、単語。


「…あっ…!」


不意にこめかみに走る、鈍い痛み。

――あぁ、まただ。…この単語は、アスハに忘れていたい“自ら”を呼び起こさせる。


「っ、ぅ……」


痛みを訴える頭を押さえながら、アスハはソファーの上でうずくまった。

躰を縮めた拍子に膝の上に載せていた本がバサリと床に落ちたが、今のアスハの意識には入らなかった。

ただ今は、忘れていたい記憶を押し込めるのに躍起になる。


「ぁ、…わたし……は…」


――要らない。この場所で、ゼルディアの側で過ごしていくのには、過去の自分にあった出来事なんて必要がない。

膝を抱えてギュッと目を瞑っていると、ガチャと執務室のドアが開く音がした。

弾かれたように顔を上げると、軍議を終えたらしいゼルディアが側に立っていた。


「ゼルディア……」
「…アスハ? どうした?」


脂汗の滲んだ、蒼白い顔。

アスハの様子がおかしい事には直ぐに分かったのだろう、うずくまる彼女の前に膝を着くと、ゼルディアはそっとその頬に触れた。


「顔色が悪いぞ…。何か、あったのか?」
「……ゼルディア、わたし……」


ひやりとした、ゼルディアの手のひらの体温。

安堵を誘うその熱に意識を集めながら、アスハは必死に思い出したくない“過去”に蓋をした。

……しまい込んだ記憶から、ただ一つ零れ落ちて残った“事実”。

この事を、ゼルディアが知らない筈はない。…それこそが、ゼルディアがアスハを側に置く理由なのだから。


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