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蜂蜜砂糖 log
ちょっとした、昔話

いつもの<首無し>指定席。今日の唯人は…、かなり眠たげだった。


「…んぅ…」


今にも沈没しそうだ。

蕩けた瞳で船を漕ぐ姿は、普段の凛と澄ました唯人からは考えにくい。
だからといって不快感を与えるようなものではなく、無防備で可愛らしかったというのが、後々語った副長の恋人を敬愛する[Inferno]の末端チーム員たちの総意だったりするのだが。

…実は最近秘かに、チーム内で人気を集めている唯人である。ちなみに明良も同様にマスコット的な人気がある。…龍治にとっても利也にとっても、嬉しいのかもやもやするのか複雑な事態だ。

ゆらゆらと不安定に揺れる漆黒の頭がふと持ち上がり、潤んだ寝惚け眼が傍らの龍治を見上げる。


「…ん…、…ぁ、私…寝てました…?」
「あぁ。…でも、眠いなら寝ていていい」
「はい…失礼します…」


呟いて、また再び瞼が落ちる。ゆらゆらと揺れる頭を、龍治は引き寄せて自分の肩の上に落とした。

そんな様子を珍しそうに眺めていた利也が、ふと気付いたように言う。


「…今唯人クン、『私』って言った?」
「…あぁ、言ったな」


龍治もやや珍しそうに、肩の上の小さな頭を見つめる。

正面で大人しく…というか、ただ単に甘いものに夢中だっただけだろう、シュークリームに噛じりついていた明良が話を聞いて顔を上げた。


「…あー、普段は故意に直してるから、唯人」
「どういう事だ?」
「昔…中学の途中くらいまでかな? それまでは、いつも『私』って言ってたんですよ」


幼なじみなので、昔の事も知っている。龍治に訊き返された明良は、ぱちぱちと瞬きをしながら答えた。

唯人は未だ、夢の中だ。


「唯人って小さい頃からずっとその口調だったけど、…ホラ中学生って思春期の頃でしょう? 周りを見て男が『私』って言うのはおかしいかな、って思ったみたいで。一人称だけ、『俺』に直したみたいです」


本来お喋りな明良は、手についたカスタードクリームをペロリと舐めながらぺらぺらと説明する。


「今でもおばあさんと話したりする時は『私』って言うみたいだし、寝惚けてたり気が緩んでると素が出るみたいなんですよねー」
「ふぅん?」
「なんつーか…、唯人クンてホンマ育ちがええ子やなぁ…」


龍治が抱き寄せた頭を軽く指先で撫で、頬杖をかいた利也が感心したように呟く。


「あぁ…でも俺も『私』って言うの聞くの、初めてじゃないな」


眠る唯人の髪を梳く龍治が、そういえばと言うように呟いた。

ストローでクリームソーダを吸い上げる明良が訊き返す。


「どんな時ですか?」
「…三回くらい抜かないでイカせて、意識ブッ飛ばした後」
「──ブッ!!?」


あんまりな回答に、明良は思わず吹き出す。…ストローから口を離したタイミングだったのが、不幸中の幸いか。

顔を真っ赤にして目を白黒させる明良の横で、頬杖をかいたままの利也が軽く笑う。


「…あー、そら訳分からんくなっとるやろうなぁ…」
「な、何て事言ってんですかー!」
「…お前らだってやる事やってんだろ?」
「ちょっ、真顔でそんな事言わないで下さーい!!」


セクハラですよ、セクハラー! と涙目になって叫ぶ明良に、眠っていた唯人の瞼がゆっくりと開く。

「……? どう、したんです?」
「何でも。…まだ眠いか? 唯人」


まず最初に目に入ったのは、向かいの席で顔を真っ赤にしてあたふたと慌てる明良。

それを不思議に思って寝起きの柔らかい口調で問えば、傍らの龍治が何でもないと遮った。
慌てる明良は利也が宥めている。…いつもの風景だ。


「ん…もう大丈夫ですよ、ありがとうございます龍治」
「…いや」
「俺、寄り掛って寝ていたんですね。重くありませんでした?」
「いや。……ちゃんと起きたみたいだな」
「…? はい」


一人称が『俺』に戻っている事で出た龍治の言葉なのだが、先の話題を知らない唯人は緩く首を傾げる。


「…別に、俺の前では気取らなくてもいいんだがな」
「何がです?」
「…いや、何でも」


肩をすくめた龍治は、不思議そうな目で自分で見上げる唯人の頭を撫でた。


そんな、ある日の話










唯人の一人称に対する、補完的な話です。…彼処までの敬語なのに『俺』っていうのは逆に不自然かなーと、最近思えてきてたので(笑)

昔は『私』って言ってたんですよ、っていう。唯人は基本的に自己統制がしっかりしてるので、普段はキチンと使い分けしてますが、寝惚けてたり意識が飛ぶと(笑)昔に戻ってしまう模様w


【蜂蜜砂糖 そのよん】 09/6/24

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