蜂蜜砂糖 log
俺と八雲さんの出逢い C
絶対安静を言い渡された俺が大人しくベッドに寝ていると、俺が寝ているベッドの足元に腰掛け直した彼が、「あ」と何か思い出したように声をあげた。
「そうそう、君の名前を訊こうと思ってたんだ。身分証みたいなものは持ってなかったから、今のところ病院では名無しなんだよね」
「あ、そうなんですか……」
確か生徒手帳は学校に忘れてたから、言われてみれば名前を確認出来るようなものは荷物の中にはなかっただろうな。
そういえば荷物はどうしたのだろうとベッドの周りを見渡せば、ちゃんと脇の棚の上にボロボロの鞄が乗っていた。文房具の他は教科書くらいしか入っていない鞄だが、その教科書が学生の身にはなかなか大切なものなのだ。
こっそりと安堵しつつ、此方を見下ろしている飼い主の問いに答えるべく口を開く。
「新島綺……、です。新しい島、って書いて『にいじま』と、糸偏に奇妙の奇って書いて『あや』」
俺の言葉を聞いて漢字を思い浮かべたのか、彼はゆるりと首を傾げた。
「糸偏に奇……綺。…それなら普通、綺麗の綺、って言わない?」
「…綺麗の綺、なんて自分じゃ恥ずかしくて言えませんよ」
俺なんて、奇妙・奇怪で充分なのに。オヤも、名前だけはご立派なものを与えてくれたものだ。
苦笑いを浮かべた顔は、少し引きつっていたかもしれない。飼い主の彼は、ゆるりとひとつ瞬きをした。
「僕は、宗柳八雲(そうりゅう やくも)。覚えておいてね」
「そうりゅう…さん」
「八雲でいいよ。僕の君の飼い主だからね、綺」
「……はい、八雲さん」
ふわふわと、夢を見ているような心地だった。
ペットだとか飼い主だとか、人間同士ではおかしな、場合によっては非道徳な事かもしれない。それでも俺はこの人の、八雲さんのペットになる事を受け入れていたし、彼が飼い主となってくれる事を喜んでもいた。
ふと伸びてきた長く綺麗な指が、さら、と俺の前髪を撫でる。ペットを愛でる飼い主の愛撫に、俺は目を細めた。
「もう少し寝てなさい。なんなら僕も、此処に泊まっていくから」
「え……、でも大丈夫なんですか?」
見たところこの病室は個室みたいだけれど、入院患者ではない人が病院に残って、ましてや泊まって行くなどいいのだろうか。入院した経験などこれが初めての俺だが、それが駄目そうなのは分かった。
けれども彼、八雲さんは何でもないように首を振り言った。
「此処、親戚の経営してる病院だから。多少は融通効くんだよ」
「そ…うんなんですか」
驚いたものの、だから先程お金の心配なんてしなくていいと平然と言ったのかと納得する。
14/2/6
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