蜂蜜砂糖 log
俺と八雲さんの出逢い A
「…そんな何もかも“どうでもいい”って口振りなのに、目だけはダンボールの中の捨て犬みたいだね」
「え…?」
おかしそうに笑うその人の言葉が理解出来なくて、訊き返す。
けれど彼はすぐには応えず、笑いながら俺を見下ろすだけだ。
「……さむ」
いくら春だからといって、長時間雨に当たったままでいれば体温を奪われる。
温感は正常な俺は、ぽつりとそう呟いた。
痛い、とは言わない……言う事の出来ない俺を、彼は瞳を細めて見つめる。
「そんなに拾って欲しいなら、僕が拾ってあげてもいいよ」
「……は?」
「捨て犬くん、行くところがないんでしょ? ならキミは、今日から僕のペットね」
捨て犬くん、とは俺のことなのか。ペット、とはどういう意味か。いきなり何を言い出すんだろう、この人は。
なんて、疑問も抱く事は山ほどあったけれど、差し出された何の変哲も無いビニール傘に、薄く微笑む空のようなその人の表情に、その時の俺は酷く安堵して。
俺に傘を差し出しているせいで雨に濡れた、その人の手を取った。
……とはいえ、こんな体調の俺は彼の手を握り返す程の力が無く、ただ俺の手を彼が握ってくれているだけの状態だった。
「……冗談抜きにヤバそうだね?」
「…まぁ、はい、多分」
どうにも自分の体調を自分で把握しきれない俺は、そんな風に曖昧にしか答えられない。
自由に躰が動かないくらいだから、やっぱり相当ヤバい……のかな。
気まぐれかもしれないけど、せっかくこの人に“拾って”貰えたみたいなのに、此処で死ぬのは、嫌だな。
単純なもので、久しぶりに人肌の温もりに触れた俺は、先程の思考を早くも撤回して“死にたくない”と思った。
まだ、俺を“拾った”この人のことは何も知らない。名前も職業も住所も素性も、何処の何者なのかを何も。ただ一つ分かるのは、彼はきっと、変わり者なんだろうという事くらい。
それでも、…否、だからこそ、この人のことを何も知らない儘に死ぬ訳にはいかない。
ボロボロの、それこそ捨て犬同然の俺を「ペット」だなんて言った奇特な人の事、もっとちゃんと知りたかった。
「……このまま家まで連れて帰るよりも、まずは病院だね。行こう」
「…あ、はい…」
「立てる?」
「あ、いえ……すみません」
腕一本すら動かすのも怠い俺は当然、自分の力で五体を支える事など出来なくて。
びしょ濡れの俺に肩を貸してくれた彼は、濡れるのを特に気にした様子もなくケータイを操作していた。
「もしもし? 僕だけど。……うん、今すぐ来てくれる? ちょっと拾いものをしたんだ」
誰かと話す彼の柔らかい声を聞いている間に、彼の腕に支えられた俺は、ゆっくりと意識を濁らしていった。
「……あれ、気を失っちゃった? …まだ名前も聞いてないんだけどな…。…ま、いいか、どうせ時間は山ほどあるし」
【蜂蜜砂糖 にじゅうろく】 12/5/29
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