蜂蜜砂糖 log
俺と八雲さんの月夜 @
カチリ、玄関の鍵の開いた僅かな音で瞼を開けた。
…カーテンを閉めないでいたから、窓から直に満月の光が注いでいた。月明かりの中、最低限の家具だけが置かれた寝室が浮かび上がる。
ひたひたと、廊下を歩いてくる足音。
「……おかえり、八雲さん」
「…、綺」
寝室のドアを開けた家主に寝起きの目を擦りつつ微笑みかければ、微かに震えた声がぽつりと俺の名前を呼んだ。
歪むその表情を、薄明かりに慣れた目が捉えた。
…嗚呼、何かあったんだ。漠然と思う。
“外”での八雲さん、というものを俺は正直良く知らない。“最凶”と恐れられるこの人に何があったのかなんて、俺に計り知る事は出来ない。
…そして、俺の役目は、この人に何があったのかなんて事を考える事じゃ、ない。
「八雲さん」
「…あや」
名前を呼べば、酷く不安定な声で呼び返される。
かと思えば、ベッドへ駆けて来た八雲さんは、強い力で俺を抱き寄せた。
「綺、…あや」
「うん。…俺ですよ」
確かめるように幾度も名前を呼ばれて、俺は頷きながら応えるように八雲さんの背に腕を回した。
ギュウ、と骨が軋みそうなくらいに強い力だけど、幸い俺はそれを“痛い”とは感じない躰だから。
綺麗に脱色されたその柔らかい髪に指を絡ませ、囁く。
「…俺は、此処にいますよ」
「…綺」
顔を上げた八雲さんの表情は酷く不安げで、俺は安心させるように髪を撫でて、その胸に頬を擦り寄せた。
…俺の役目は、この人にあれこれ詮索する事じゃない。ただ側に居て、この人の望みに応える事。
そう、だって“主人”を癒すのが“ペット”の務めなんだから。
「…甘えたいなら、甘えて。甘えさせたいなら、甘やかして。…俺は、その為に貴方の側にいるよ」
「…綺」
顔を上げれば、微かに歪むその表情。
慰めるようにその頬をなぞると、不意に視界が反転した。
月明かりに照らされた八雲さんの何かに耐えるような表情、…その後ろに部屋の天井が映る。
「…甘え、させてくれる?」
舌足らずに強請る子供のような口調に反して、俺の手首を押し付けた力は逆らう事を許していない。
そんな八雲さんに、俺は小さく笑みを零した。
「もちろん、貴方の望むままに」
…だって、俺の存在全て、貴方に捧げてるんだから。
【蜂蜜砂糖 じゅうご】 10/2/28
≪ ≫
[戻る]
無料HPエムペ!