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竜と青年(仮)
その巨大な生き物の突然の登場に、少年はただ呆然とその姿を見上げるしかなかった。
そこいらに生えた大樹など片腕で容易に引き倒せるのではと思うような巨大な体躯、その巨大な身体の周囲に巻き付かせてもまだなお余る長い尾、透き通った透明のけれど刃のように鋭い爪、やはり透き通った尖った角に、やや窮屈そうに半分ほど縮めた大きな両翼。そして何よりも目を惹かれるのは、その全身を覆うキラキラと陽光を受けて輝く水晶のような透き通った美しい鱗だ。
竜だ。紛れもなく、本物の。しかも透明に輝く鱗を持った竜など、相当に珍しいのではないだろうか。少年は竜に関する正しい知識など持ち合わせていなかったが、このように美しい生き物が世界にそう何体も存在するとは到底思えない。
少年などひと口で丸呑みに出来そうな大きな口が、ゆったりと開かれる。
あぁ、自分はこのままこの美しい生き物に喰われるのだろうか。短い、碌でもない人生だったが、このような最期だとは。けれどこの美しい生き物の糧となるのだったら、それも悪くもないのだろうか。
そう思った少年だったが、竜は少年を喰らう事はなくその鋭い牙の生えた口から少年にも分かる言葉を発した。
『私を目醒めさせたのは、貴方ですか?』
巨大な体躯には似合わず、女性のような澄んだ麗しい声だった。それ以上に少年は、竜が人間の言葉を発した事に驚いたのだが。
少年がぽかんとしていると、竜は言葉を続ける。
『其処にある石の塚を、壊したのは貴方ですか?』
「え……、ぁ、塚? 積んであった石なら、さっき転んだ時に崩しちゃったけど……」
呆然としながらも竜の言葉に応えた少年の足元には、先程歩いていた時に躓いて崩してしまった、積み石がゴロゴロと転がっている。見た目どこにでもある石ころなのだが、これが何かあったのだろうか。
『それです。それに私は封印されていたのです。…封印の一部が綻びて劣化する程ですから、おそらく今から相当昔の事ですが』
「は、はぁ……」
封印。それならば自分は、この竜の封印を転んだ拍子に解いてしまったという事なのか。なんて事だ。
戸惑いながらも少年が竜に上手い言葉を返せないでいると、水晶のような鱗に覆われた長い尾が、バシッと少年の背後にあった岩を崩した。背後で砕け散る岩に、思わず少年はビクリと震える。
『あぁ、驚かせてしまってすみませんねぇ』
巨大で荘厳な雰囲気さえある竜にしては、妙に俗っぽいというか人間のようなおっとりした口調で返され、少年は何と言っていいか分からずに首を振った。
人間とは顔の造りも全く違う竜だが、その瞬間何故か、竜が小さく笑ったような気がした。
13/11/7
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