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イレギュラー 6

ぎゅ、と拳を握り締めた刹那は、意を決したように部屋の中へ足を進める。

一歩、二歩。千夜の緋色の瞳が、ギョッとしたように見開かれた。


「刹那!!」
「……いい、ですから。千夜先輩。そんな眼をして我慢しなくても、いい」


彼が、刹那の為を思って本能を抑えようとしてくれる、その気遣いは嬉しい。

嬉しい、けれどそんな風に衝動を抑え付けている彼を見るのは、苦しかった。切なかった。

敬愛する彼にこの身を差し出す事で彼がそんな辛そうな顔をしなくても済むのならば、刹那は喜んで千夜の前に躰を投げ出す。

彼に我慢だなんて、して欲しくなかった。


「……僕は、大丈夫です。千夜先輩の、好きにして下さい」
「…刹那」


彼の腕が届く範囲まで近付くと、一瞬だけ瞳を和らげた千夜が呆れたように笑う。


「……馬鹿だな、刹那」


瞬間、強い力で引き寄せられた。

腕を引かれ、あっという間に千夜の腕の中へ閉じ込められる。

此方を見下ろす緋色の瞳は、刹那の知らない、餓えた魔物としての瞳だった。


「もう抑えられない。抑えない。……泣き叫んだとしても、逃がさない」


――逃げない。そう答えようとした唇が、動かない事に気付く。

唇だけではない。腕も脚も、四肢のいたる所がいう事をきかない。まるで、刹那の意思の支配下からは、外れてしまったように。

見張られた黒珠の瞳に、千夜の唇が弧を描く。うっすらと開いたその口元には、普段の彼には見られない鋭い犬歯。

嗚呼、こうして見る彼は、紛れもなく魔の物の末裔だ。

刹那の背を、恐れではない震えが走る。


「ずっと、こうしたかった」


低く掠れた声が、耳元に吹き込まれる。

ならば、我慢などしないで早く食べてくれれば良かったものを。唇の動かない刹那は、心の内でそんな事を思う。

確かめるように、彼の指先が首筋をなぞる。こそばゆさに身を捩る事すら出来ない。

食事の為、ゆっくりと開かれる唇。真珠のような光沢を抱く犬歯が、首元に落ちる。


「――ッァ……!!」


思うようにいかない唇は、引きつれた悲鳴だけをあげて戦慄いた。

疼痛。陶酔。肌を浅く裂く痛みと共に、恍惚感を齎す甘い快楽がじわりと全身を侵す。

犬歯の立てられた場所を、千夜の舌であろう熱く濡れた感触がゆっくりとなぞっていく。

漏れる濡れたような熱い吐息は、どちらのものか。


「……はっ、ぁ……」
「…あぁ、やっぱり、思った通り」


力の抜けた躰から、自分の意思とは無関係な甘ったるい声が漏れる。

浅く傷付いた首筋を舐める千夜が、満足そうに小さな声をあげた。


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