二十歳の君へ
※ 未来のはなし
高校を卒業してから恋人と暮らしているマンションの一室に帰宅すると、まず何より先に濃密な薔薇の花の薫りが出迎えた。
「……。何か既視感」
大学生の二人暮らしとは言えど、月代はあの惣院に通っていた生粋のお坊ちゃんである。そもそも高校時代から寮や実家とは別にマンションの一室を有していた月代だ、此処はその高校時代持っていた部屋とはまた別の部屋だが、たかが学生二人が暮らすには勿体無いくらいの広さを誇っている事は変わりない。
玄関を入ったくらいでは、リビングや寝室の様子は分からず、視界には照明の消えた廊下が伸びている。靴箱には、自分のよりも数cm大きい靴。同居人は既に帰宅しているらしい。
小さくため息を吐き出した雪羽はとりあえず靴を脱ぎ、リビングの光景を予想しながら部屋に上がる。廊下をひたひたと歩いていると、相手も此方の気配に気が付いたかリビングで人が動く気配がする。
「……、ただいま、月代」
「おかえり、雪羽」
部屋中散りばめられた白い薔薇にも負けない眩い笑顔で、自分を迎える恋人。あぁ、数年前にもこれと似たような光景を見たな、これ片付け誰がやるんだろう、ハウスクリーニング呼んでくれるのかな。などと現実逃避に近い事を考えながら、雪羽は口を開く。
「あんたって、相変わらずなのな……」
「?」
雪羽のコメントに緩く首を捻る月代は、雪羽が何故遠い目をしているのかをおそらく分かっていない。
付き合い始めて間もない頃にも、こうして部屋を白薔薇だらけにしてくれた事があった。ロマンチストと言えば聞こえがいいが、彼処までやる17歳高校生は普通いないだろう。思い出して改めて思うが、あれを一体どうやって寮の部屋に運んだのだろう。気になるが、知りたくない。
リビングと廊下の境目で立ち尽くす雪羽を、紅梅の唇を歪ませ微笑む月代が手招く。此方も何年経っても月代には逆らえない雪羽が花を踏まないようにしつつ彼に近寄ると、白の中に埋もれてていた紅の束を雪羽へ差し出した。
「二十歳の誕生日おめでとう、雪羽」
「……、ありがとう、月代」
部屋に敷き詰められているのは白薔薇だが、たった今雪羽が受け取ったのは真紅の薔薇の花束だった。これも本数が多く、ぱっと見100本程はあるだろうか。
部屋中敷き詰められた白薔薇に、紅薔薇の花束。くどいくらいの薔薇攻めだが、それが似合ってしまう男なのだから憎らしい。渡された雪羽の方は、100本の薔薇の華やかさに埋もれてしまいそうな平凡な青年だというのに。
「……これ、何本あるの?」
「101本だな」
「ホント、気障だな」
101本の薔薇の意味は、『これ以上ない程に愛している』だ。相変わらず愛が重い。けれど、昔から変わらぬそれが嬉しい。
受け取った花束に頬を寄せ、雪羽は硝子色の瞳を細めた。
「あとはケーキと、それからシャンパンを買ってある。苺のシフォンケーキ、好きだろう?」
「うん、好き。ありがとう」
薔薇の花から顔を上げると、香りの移った頬に口付けられながらそう告げられる。
わざわざ自分の好物を調べて買ってくれたんだな、と思うともう何度目かの恋に落ちる気がする。言わないけれど。
「てか、初飲酒でシャンパンって……」
「晴れて解禁なんだ。それなりの物を用意しなくてはな」
得意げに笑う月代に、思わず苦笑い。
この分だと、そのシャンパンは生まれ年の物かな、という雪羽の予想は合っている。こういう所、非常にベタな男なのである、月代とは。
恭しく手を取られ、そのまま抱き寄せながら、今年も自分の誕生日を二人で迎えられる喜びを噛み締めた。
「……愛してるよ、月代」
ちゅ、と小さな音が部屋に響いた。
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サイト7周年ありがとうございます!!
現実時間を考えてると、雪羽ももう成人してる頃だよな、と思って、20歳の雪羽の誕生日のお話です。ナチュラルに同棲してます、ていうかこれ結婚してますね(笑) うんwww
月代は21歳になってもベタなロマンチストです(笑)
14/12/15
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