愛情特効薬 2
わざわざ寮まで往診にやって来てくれた学校医に『風邪』と診断された雪羽は、とりあえず温かくして安静にしているようにと言い聞かされ、言う通りに静かにベッドに寝転がった。
校医が往診している間もずっと隣にいてくれた月代は、雪羽の熱い手のひらを握りながらそっと顔を覗き込む。
風邪が移るからリビングにいていい、と言っても側にいてくれる月代に、本当に風邪が移らないかと心配だが、その気持ちは嬉しい。
「…もうすぐ昼だが、何か食べられそうか?」
「……ん、おかゆとか、やわらかいものなら」
本当はあまり食欲もないが、薬を呑む為にも何かしら腹に入れておかなければならない。
そう言った雪羽だったが、部屋にレトルト粥の買い置きなどない事は、自分が一番良く知っていた。
(…寮の食堂、テイクアウトとか出来たっけ…? それ以前に、おかゆなんて食堂のメニューにあったか?)
ぼんやりと考える雪羽の隣で、月代が立ち上がった。
「お粥だな、分かった」
「…でも、部屋に買い置きなんてないけど…」
「……、俺が作ろう」
「うぇっ!?」
一瞬の沈黙の後、そう言い切った月代に、雪羽は思わず声を荒げた。…自分の大声が、ぐらぐら揺れる頭に響く。
月代が決して不器用な訳ではない事は、知っている。…が、彼は手順の分からない事柄はまず悉く失敗する男だ。
出会ったばかりの頃、トースターの勝手が分からずトーストを見事な炭にしたり、普通では有り得ない程渋い紅茶を淹れたり…、そういった初見失敗スキルが、今回も発動しないとは限らない。…というか、何も言わなければ確実に失敗すると思う。
思わず身を起こした雪羽に、寝ていろ、と月代は囁く。…自分の身の危険もあるのに、のうのうと寝てもいられない。
「作るってアンタ、おかゆの作り方なんて知らないだろ?」
「……」
「…知らないものを、どうやって作る気だったんだよ…」
雪羽の問いに黙り込んだ月代に、ため息を吐きながら首を振る。
珍しく困った顔の月代に、雪羽は苦笑いした。本来なら、レシピくらい自分が書いてやりたいが、怠くてペンを取る気にはならないから。
「……、ネットで検索したら、レシピくらいは調べられると思う。手順さえ分かってれば、アンタは失敗しないよな?」
「……あぁ」
「…米は米櫃の中、鍋はシンクの下だから。…よろしく頼む、な」
…最悪、後片付けは自分が回復した後でもいいだろう。
部屋を出て行く月代の背を見つめながら、まるで幼い子を持つ母親のような思いを抱く雪羽は、くすぐったさに瞼を閉じた。
自分の為に、慣れない料理なんて頑張ってくれる月代が嬉しい。…同時に少し、心配ではあるが。
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