ジプソフィラ
3
雪羽は目を凝らして会長を見つめた後、隣の達也を振り向いた。
「…んで?」
「んで、って…反応薄いなぁ」
「ゃ、確かにメチャクチャ美形っぽいけど、遠いし、大体同性だし」
まぁ近かったら目の保養には良さそうだけどさぁ、と割と冷静な雪羽のリアクションに、達也は苦笑いする。
裸眼の視力が悪いらしい玲は既に窓の外から視線をそらしており、友人二人を見て肩をすくめていた。
「ユキは達也みたくミーハーじゃないしね。…大体、ノーマルでしょ?」
「ノーマル…、あぁ、うん。今まで普通に共学だったしな」
転校初日に教えられた、男子校特有の“事情”を思い出して雪羽は頷いた。
曰く、多感な思春期を全寮制の男子校で過ごす惣院では所謂“同性愛”が蔓延っているらしい、と。
けれど他人の性癖などにとやかく言う趣味は雪羽にはないし、若気の至り的にそういった事情があっても「まぁいいんじゃないの?」で済ませるくらいには、彼の神経は図太い。
何より転入して二週間、そういった場面に直面した事はなかったので、雪羽は半分その話は半分頭から抜けていた訳だが。
「生徒会長は学内一と言っても過言ではない美形だから」
「ホラ、教えただろ『親衛隊』。アレ、会長のヤツの規模が一番デかいんだぜ」
「あー…」
その辺りの説明は、半分聞き流していたのだが。雪羽は曖昧な声で応じた。
まぁとにかくあの会長さんとやらが、学内では絶大な人気を誇っているという話らしい。
雪羽はもう一度窓の外に視線を投げかける。
「…須藤会長…ねぇ」
雪羽の平凡な容姿の中で一つだけ異彩を放つ、ブルーグレイの双眸を細める。
四限は美術の授業だったのか、スケッチブックを抱えた長身の彼は、ふと視線を上げた。
「…ぁ」
…中庭の彼と、渡り廊下の自分と。それなり距離を跨ぎ、視線が絡み合った。
偶然のそれを、雪羽は外さなかった。真っ直ぐに、そちらを見下ろす。
それは、相手も同じだった。
喧騒の行き交う昼休み。その一瞬だけを切り取る様に、音が消えた気がした。
数メートルの距離を置いても美しいと分かるその容貌が、妖艶に微笑んだ。…確かに、此方を見上げて。
「──!」
瞬間背筋を駆けた何かに、雪羽は躰を揺らした。
両隣の友人たちが、不思議そうに此方を覗く。
「…ユキ?」
「どうかしたの?」
「……いや」
いつも通りな二人の態度に、雪羽は短く言って首を振る。
躰を揺らした拍子にそれた視線をそれきりにして、眼下の彼は姿を消していた。
あー、行っちゃった、という達也の呑気な声を聞きながら、動悸を静める。
「……行こう、二人とも。腹減った」
「あっ、そうだった!」
「玉子焼き…」
「やるよ、やるってば」
努めて明るい声で応じながら、雪羽は窓辺に背を向けて歩き出す。
達也と玲が、無邪気にその背に続いた。
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