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ジプソフィラ
3

暫し観察するようにポイを眺めていた月代だが、やがてやる気になったのか、手にしたそれをぽちゃりと水の中へ突っ込んだ。

子供用のビニールプールの中を、彩る様に廻る朱や黒の鮮やかな鰭。

自在に泳ぐ一匹を、適当に雪羽は指差した。


「…ほら、そこの朱いの」
「…これか?」
「そっちじゃないけど、…まぁそれでもいいけど」


祭りの金魚掬いの金魚など、どれもそう変わらない。月代が狙ったのは雪羽が示したのは違う金魚だが、別に良い。


「横からそーっと…」
「…いちいちゴチャゴチャ言うな」


横から覗く雪羽に眉を寄せつつ、月代は金魚をポイに乗せようとする。……が、角度が悪かったのか、直ぐに紙が破け、金魚は再び水の中へ。

ちゃぷ、と僅かに波打つ水面に、雪羽は残念そうに嘆息した。


「あーぁ…。月代のヘタクソ」
「……初めてなんだ、仕方ないだろ」
「そうだけど。…文武両道で評判のアンタが駄目とか…、ちょっと笑える」
「…笑うな」


クスクスと笑い出した雪羽に月代もムッとしたか、その頬を指でつつく。…拗ねたようなそれに、雪羽の笑いは大きくなる。


「…そんなに言う、お前は掬えるのか?」
「ん、俺は結構得意だし。手本見せてやるよ」


言った雪羽は浴衣の袖を捲り、持っていたポイを水に浸した。

掬った金魚を入れるお椀を左手に持ち、近くを泳いでいた黒い金魚を素早くポイで掬ってその中へ放る。

鮮やかな手際に、隣の月代だけでなく後ろにいた見物人からも感嘆の声が上がった。

そんな周囲に少し照れたのか、はにかむように笑って月代を振り返る。


「こっちでお椀持って、横から掬って入れればいいんだよ」


一匹取ったから交代、とでも言うように月代に金魚の入ったお椀を手渡す。


「…横から…、なるべく早い方がいいんだな?」
「うん。頑張れ!」


屋台の店主から二個目のポイを貰った月代は、雪羽がやって見せたやり方通りに、今度は見事に近くの金魚をポイで掬った。

手にしたお椀には、それぞれの取った朱と黒の色鮮やかな金魚。

それを屋台の店主に渡して包んで貰うよう言うと、傍らの雪羽はぱちりと瞳を瞬かせた。


「もういいのか?」
「二匹掬えたなら、充分だろう?」
「ん、まぁそうだけど…」


確かにそこまでたくさん金魚が欲しい訳でもないが、もうちょっと掬えそうだったのにな、と雪羽は思う。

ビニール袋ではなく、小さな鉢のような瓶のような入れ物に入れて貰った金魚を受け取ると、自然とそれを月代に奪われた。
…取られた、のではなく荷物持ちをしてくれるらしい。


「金魚、どうしよう」
「…寮で飼えばいいだろ」
「やっぱ、俺の部屋でか?」


けれど、二匹のうち一匹は少なくとも月代のものなのに。

そう言うと、月代は首を振る。


「離して飼うと、可哀想だろう?」
「…そういうもん、かなぁ…」


まぁでも、朱と黒の金魚は単体よりも並んで泳いでいる方が、色鮮やかで綺麗かもしれないけど。


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あきゅろす。
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