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ジプソフィラ
隣合わせ、背中合わせ

「待たせたな」
「…あ…、…久しぶり」


待ち合わせ時間5分遅れにやってきた男を、雪羽はぼんやりと見つめた。

約一月ぶりに会う月代。…宣言通りに紺青の浴衣を着こなした姿は、久しぶりに見るという点も加えて…思わず見惚れてしまう程の威力があった。

玻璃の瞳を僅かに溶かし、自分を見上げる雪羽に、月代は笑う。


「何だ、見惚れたのか?」
「……っ、浴衣って…やっぱり卑怯じゃねえ?」
「…クク、素直な子だ」


からかうように言った月代に頬を赤くしつつ、けれども否定しなかった雪羽に、月代は楽しげに喉を鳴らした。

利休鼠の浴衣を纏った雪羽の髪を、隣に立った月代の指が一房掬う。

久しぶりに触れる月代の体温に、微かに肩が跳ねた。


「っ」
「お前も似合ってる」
「…アンタに言われても、あんま嬉しくない」
「褒めてるんだ、素直に受け取れ」


誰もが羨むような美貌を持つ男に、自覚有りの平凡容姿を褒められても、とても素直には喜べない。

やや拗ね気味に唇を尖らせたが、月代はそんな態度も笑って流すだけだ。


「…ほら、こっちを見ろ、雪羽」
「…ん」


その言葉は、呪文だ。

条件反射のように、雪羽は顔を上げて彼の夜色と視線を合わせる。

満足気に唇を釣り上げる、男の顔。


「…その色を見るのも、久々だ」
「…月代」
「俺がいない間、“おいた”はしなかっただろうな?」
「…どんなだよ」


揶揄するような彼の言葉に、雪羽は思わず息を吐いた。

全く、月代は自分を何だと思っているのか。


(…“玻璃”の付属品、かな)


自答したその考えに、ズキリと胸が痛む。…分かっていた、筈なのに。

…月代が欲しいと願ったのは、雪羽が嫌ったこの瞳の色彩で。己自身は所詮、それに付属したオマケに過ぎない。

ギュッと眉を寄せた雪羽に、見つめ合っていた月代が訊く。


「どうした?」
「…何でもない。……行こう、アンタが遅れて来るから、祭り始まっちゃう」


ゆるゆると首を振り、彼の夜色から視線を外す。

足早に歩いたつもりだったが、身長のせいか月代にはあっさりと隣に並ばれてしまう。…それでも隣には目を向けず、前を向いて歩く。


「何を拗ねてる?」
「拗ねてなんかない」
「…じゃあ何故此方を見ない」
「人混みで余所見して歩いたら、危ないだろ」


地元の祭りとはいえ、それなりの人手がある。会場である神社へと近付く度、段々と増えていく人影。

雪羽の言い訳は、それなりの正当性があった。

履き慣れない下駄をカラコロと鳴らしながら早足で歩く雪羽の手が、不意に隣から伸びた手に捕まる。


「…! 急に何だよ!?」
「俺はこの界隈には慣れない。はぐれたら面倒だからな」
「…アンタがいなくなったら、迷子放送でもかけてやるよ」


返した応えにはまだ棘があったが、手のひらから伝わる体温に、尖っていた気分が徐々に落ち着いてきた。

ふう、と緩く息を吐いた雪羽は、傍らの月代を見上げる。


「…アンタ、金持ちなんだから縁日で何か奢れよな」
「お前が誘ったのにか?」
「うっさい」


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あきゅろす。
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