ジプソフィラ
5
呆れと疲れが入り混じったため息を吐き、雪羽は肩をすくめた。
「まぁ、なんかもういいけどさ。…とりあえず、お盆なら近所で夏祭りやってるなぁ、と思って」
『…夏祭り、か』
「…そういうの、あんま興味ない?」
相槌を打つ声の調子に、乗り気ではないのだろうかと不安になる。
『いや、ただあまりそういう場に行った事がないだけだ』
「庶民的な行事で悪かったな、このブルジョワめ」
否定の言葉にほっとしたものの、なんとなく嫌味にも聞こえるそんな発言に呟く。…庶民の僻みだろうか。
ふてくされる雪羽の耳に、受話器越しの月代の笑い声。
『興味はあるさ。お前が誘ってくれるのなら、尚更な』
「…そっか」
そんな一声で、機嫌も浮上する。
学院に居た時は人目については面倒だし、一緒になんて絶対に出歩けなかったけれど。
自分の地元の、しかも庶民の夏祭りならば、坊ちゃんばかりの学院の連中の目を気にする事もなくのびのびと遊べる筈だ。
「…アンタと遊ぶのって、何かヘンな感じ」
『自分から誘っておいて』
「ウン。…何か新鮮で…、楽しみ」
『………』
はにかんで思ったままを呟けば、何故か電話の向こうは沈黙してしまった。
何も言わない月代に、雪羽はぱちりとブルーグレイを瞬かせる。
「…? 月代?」
『……、否、何でもない』
「そう?」
暫しの沈黙の返ってきた声に、瞬きながらも頷く。
コホン、と咳払いする声に、首を傾げる。
『夏祭り、…と言うとやはり浴衣か?』
「あー、そうだな、どうしよ。…どうせこの時季しか着ねえけど、着付けとか面倒なんだよな…」
んー、と唸りながら考える雪羽に、月代がこれまた傲慢に言う。
『着て来い』
「って、命令かよ」
『何だったら、俺が着付けてやってもいいぞ』
「えー、出来んの? …ってか、出来ても何かヤだ」
疑うように眉を寄せ…、着付けられるという事は相手の好きにされるという事だと気付いた雪羽は首を振った。
…何せ、相手は変態だ。無防備に着衣なんか、任せられる訳がない。
『…それが嫌なら、自分で着て来い』
「分かったよ…。…月代は? アンタだけ私服ってのは、不公平だぞ」
『勿論、俺も着て来る』
「そっか、なら…まぁいいや」
月代も同条件ならば、溜飲も下がる。
布団に寝転がったままごろりと寝返りを打ち、右耳につけていた受話器を持ち返る。…耳が痛くなってきた、随分長電話をしていたようだ。
「んじゃ、祭りは8月14日だから。…どうせ家が分かるんなら、迎えに来て」
『分かった。…じゃあまたな、雪羽』
「ん、また」
プツ、と通話を切る。布団から半身を起こし、大きく伸びをする。
「アイツの浴衣姿って……、目立ちそうだなぁ…」
…あと半月。女子に騒がれそうな月代の姿を想像し、小さく笑った。
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