ジプソフィラ
2
「アンタ…今時何でわざわざ家電に…。てか、母さんに変な事言ってないよな?」
一応母の様子はいつもと変わりなかったが、ふと不安になって部屋のドアを開けつつ訊いてみた。
電話の向こうで、クツクツと聞き慣れた低い笑い声。
『変な事…な。…別に、雪羽とは日頃から“親しく”させてもらっていると言ったくらいだ』
「…ッ」
強調された“親しく”の言葉の意図は、おそらく母には伝わらなかっただろうが。
けれどその意味を察してしまった雪羽は、一人部屋で頬を染めた。
「……っ、で、いきなり電話なんて掛けてきて、何の用だよっ?」
『用が無ければ、掛けてはいけなかったか?』
「わざわざ職権濫用までして、俺をおちょくりにきたんかアンタは!」
信じられない、切ってやろうかと苛立つ雪羽の耳に、月代の愉快げな笑い声。
雪羽が眉をしかめると、クツクツと笑う月代が電話の向こうで肩をすくめた気がした。
『冗談だ。用は一応あるさ』
「あ、そ。…用ってなんだよ」
『…もう二週間、お前には触れていない。“俺の”その瞳にも…』
電話越しに囁かれるその甘やかな響きの声に、雪羽は微かに息を呑む。
…その声は、駄目だ。躰を交わす時に囁くそれの温度と同じの、そのドロリと溶ける声色は。
「…っ、だって夏休みなんだから…仕方ねえじゃん…」
絆されないよう訳もなく明後日を向きながら、雪羽は呟く。
大体、夏休み中も仕事があると言ったのは月代だ。雪羽のような一般庶民と違い、高校生ながらに支社の仕事を任せられているという、彼。
あれで一応、適度にサボりつつも生徒会の仕事もこなしているようなので、月代は案外真面目に仕事が“出来る”人間だ。
まぁ、雪羽にとっては変態で傲慢な男でもある訳だが。
『…なぁ、雪羽…。今その瞳には何が映っているんだ…? “俺”の、その玻璃には…』
甘く囁く月代に、雪羽は思わず顔を赤く染める。
此処が誰もいない自室で良かった。キッチンの隣にあるリビングでこんなリアクションをしていたら、それこそ母に変に思われるだろう。
『雪羽…?』
「ん…、月代」
その名を呼びながら、雪羽はゆるりと顔を上げる。
この瞳に映っているもの、“彼のもの”たる玻璃に映っているもの。それは……、
「…かすみ草…」
『? かすみ草…?』
「うん。部屋に、飾ってあるんだ」
男子高校生の部屋に花だなんて、可愛すぎるかもしれないけれど。
しかし、雪羽はかすみ草の、出過ぎない控えめな可愛らしさが好きなのだ。
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