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ジプソフィラ
近くの遠く

実家に戻り、地元の友人たちと戯れて過ごす夏休みは実に平穏だった。

…学院で過ごした日々が、夢幻だったのではないかと思うくらいに。


「ふぁ…」


クーラーを効かせた自室で寝転び、雪羽はぼんやりと天井を見上げて欠伸を噛み殺した。

愛用しているベッドは寮の部屋へと輸出してしまったので、今はとりあえず敷き布団を使っている。


(…アイツ、今頃何してんだろ…)


…思い浮かぶのは、鮮烈な印象を自分に植え付けた男。

自分の瞳の“所有者”で、飄々としていて、甘やかし上手で、俺様で、変態染みていて、…妙なトコロだけ優しい男。


「──雪羽ー!」
「ッ。…なにー、母さーん?」


ぼんやりと思考に沈んでいれば、階下からいきなり母親に声を掛けられてビクリとした。

布団に寝転がったままものぐさに返せば、階下から声を張り上げているらしい母もそのまま会話を続けた。


「アンタに電話よー」
「…?」


電話、と言われてきょとんと瞬く。思わず、枕元に置いた携帯電話を伺った。

今時、友人同士の連絡に家電は使わないだろう。ケータイを持っていないのならばともかく。

…ならば友人ではないのかもしれないが、思い当たる相手はいなかった。


「誰ー?」
「学校の先輩らしいわよー。名前はよく聞き取れなかったけどー」


いや、そこは重要だから聞き取れよ。雪羽はそう思ったが、今更それを母に言っても無意味だろう。

しかし、学校の先輩…。中途半端な時期の編入生で、学業特待生である雪羽は、部活や委員会の類はやっていない。なので、特定の親しい先輩などもいない。

校内で、唯一関わりのある歳上と言えば…。


(まさか)


「雪羽ー、いいからとりあえず下りてきて電話でなさーい」
「あー、はーい」


浮かんだ考えを軽く首を振って取り消し、雪羽は布団から起き上がった。

とんとんと階段を下りて、キッチンにいた母から電話の子機を受け取る。


「…もしもし?」
『雪羽。…俺だ』
「…は?」


電話越しにも綺麗な、その低めの声色。

まさかと思い咄嗟に打ち消した筈の人物が、電話の向こうにいる。


「月代…? は、何で…?」


何故、彼が電話を掛けてきているのか。何故、携帯などではなく家電を使っているのか。何故、彼が雪羽の実家の電話番号を知っているのか…。

様々な意味を含んだ「何で」だったのだが、月代は最後の意味で取ったようだ。あの日のように軽い口調で言ってくれる。


『家の番号なら、名簿に載っている』
「また職権濫用かっ!」


思わずツッコんだ雪羽に、母がきょとんとした目を向けた。

叫んだ言葉が言葉なだけに曖昧にへらりと笑って誤魔化し、子機を握ったまま部屋に退散しようと階段を上る。


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あきゅろす。
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