ジプソフィラ
3
薄い瞼の皮膚の下をただひたすら、愛でるように。滑っていく指先の体温に、背筋をゾクリと電流のような感覚が駆ける。
直ぐ近くで向かい合う月代にはそれが容易く知れたか、夜色の瞳がおかしそうに細められた。
「……欲しいのか?」
「…何が」
「分かっているだろう?」
わざと気のない声で訊き返すが、からかうような笑みで一蹴。
雄の色香を含んだ美貌に間近で微笑まれ、雪羽はまた甘やかな戦慄が躰を蝕むのを感じた。
…そんな風に易々と、流される訳にはいかない。
「夕飯…作んなきゃ」
「そうだな」
微かに躰をよじって彼の妖しい視線から逃れようとするが、雪羽の声に頷きながらも月代の手は離れない。
それどころか、瞼に触れていない方の手に背を抱き込むように捕えわれてしまった。
「…なぁ、月代」
「もう少し」
そんな風に強請られて、断れないのが雪羽だ。困った色をその玻璃に宿しながらも、力ずくで月代を拒んだりはしない。
まぁ、体格差から考えても雪羽が月代を拒んだところでどうにもならないのもあるのだが。
腰から抱き寄せられ、雪羽は月代の肩に顎を乗せた。…互いの顔が見えない、つまり雪羽の瞳が見えない体勢の筈だが、月代は何も言わない。ただ黙って、雪羽の髪に指を絡めた。
地肌を霞める指先の感触に、雪羽は僅かに躰を跳ねさせた。
「…くすぐってぇよ」
「そうか」
耳元で聞こえる声が、優しく甘い。
…こんなの、『契約外』だと雪羽は思う。思うのに、雪羽は月代を突き放す事は出来ない。
この男から与えられる体温が心地良い。無条件に甘やかされるのが、嬉しくて堪らない。
…まるで、愛情に飢えた子供のようだ。自分は両親に愛されて育った自覚もあるし、今は友人関係も良好だというのに。
(…それなのに月代が欲しいなんて、俺は我儘なのかな…)
俺様、強引なのは月代の方だと思っていたが、自分も大概欲しがりなのではないか。
与えている振りをして、与えられている。仮染めでも、無償の情を。
「…雪羽」
「ん」
名前を呼ばれて、顔を上げる。するりと彼の指先が後頭部から首筋を滑った。
躰を拘束していた力が緩み、月代が言った。
「夕食を、作るんじゃなかったのか?」
「…あぁ、うん」
雪羽は頷いたが、そのまま月代にしがみついて離れなかった。
耳元で、月代の笑う気配がする。
「どうした?」
「…なんでもない」
もう一度、月代の肩口に額を擦り寄せて。
ただ、なんでもない表情を装って顔を上げた。
「…じゃあ、飯作って来る」
「あぁ」
ひらひらと揺れる手のひらの残像を、瞬きをして振り払った。
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