ジプソフィラ
5
「っ、意味…分からなっ…」
「何も分からない事はない。お前はただ、俺のモノになれば良いだけだ」
キッパリと告げられる、唯我独尊にも程があるであろう言葉。
絶対的王者の風格を纏うこの男が口にするからこそ、様になる科白。
形良い月代の指先が、雪羽の玻璃の瞳を縁取るように瞼の際を滑っていく。
ピクリと、意思とは関係無しに躰が震える。
「簡単な事だ。お前はその瞳に、俺が気に入ったこの瞳に俺を映していればいい」
「…っ…」
「目をそらすな」
告げられる言葉に、その深い夜色の瞳の強さに負けて、思わず顔を反らしかければ目元を辿っていた指先に顎を捕えられる。
…そして、またその瞳で言葉で、縛られるのだ。
「俺のモノになれば良い、雪羽。お前が疎んでいたモノを、愛でてやろう」
…それはそれは甘美で傲慢な、絶対命令。
どうして、その言葉から逃れられるだろう。
「雪羽」
「…うん、月代…」
名を呼ぶ声に、頷く。
人とは違う色。自分が嫌いな、この色。
それを、誰もが羨むであろうこの男が愛でると言う。
沸き上がってくるこの感情は、何であろう。歓喜か、当惑か、懐疑か、狂乱か。
「…ぁ…」
せめぎ合う複雑なそれを抑え切れず、雪羽は微かに喘ぐ。
それを見て、紅梅の唇がまた至近距離で歪んだ。
「…俺のモノだ、雪羽。その瞳に、俺だけを映せばいい」
「…うん」
こくりと頷く。玻璃は夜に吸い込まれたままに。
この瞳は、たった今から自分のモノではない。愉しげに唇を歪ませる、彼のモノ。
「…良い子だ」
満足そうに笑った月代が、その唇で彼の所有物をなぞる。
薄い瞼の上に、口付けを落とす。
……倒錯していると、雪羽は何処か他人事のように思った。
嫌っている瞳を差し出した自分もだが、他者の瞳を何の臆面もなく貰うと言った彼もだ。
「…月代、」
…けれど彼がこの色を気に入った理由なんて、雪羽にとってはどうだって良い事だ。
嫌っていたこの瞳を手放す事で、それを求める者に応えられるのならば。それ以上の事など、ない。
「…欲しいのなら、好きなだけあげる」
…それは、崩された平穏の上に築かれた不自然な砂城。
歪だと知りつつ、それを受け入れた。
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