ジプソフィラ
瓦礫の上に
沈む様な眠りの底で、雪羽は寄り添っていた温もりが離れて行くのを感じて僅かに身じろぎした。
…行かないで欲しい。
その温もりが何であるか、考えるだけの意識はなく。只、本能が訴えるままにそれに縋りつく。
温かい、それ。行ってしまわぬようにとギュッと両腕を絡ませれば、頭上からくつくつと低く喉を鳴らす音が聞こえた。
「…何だ、寂しいのか?」
「…ん…、行っちゃ…や…」
からかうような、口調。それに違和感を覚えるよりも先に、思ったままの言葉が口の端から溢れた。
…眠りの淵を彷徨いながらの、無意識な言葉。だからこそ、それは素直な心情。
温もりに、離れて行って欲しくなかった。
「…仕方ない、な」
「んぅ…」
柔らかい声と共に、降ってきた温もりが軽く寝癖の付いた毛先で遊ぶ。
ゆるゆると首を振れば、小さな笑い声と共に頭を撫でられた。
優しい、温かい、夢の中途。
──……ん、夢…?
まどろんでいた意識が、ゆっくりと首をもたげる。
毛先の跳ねた髪に触れていた温もりが、枕に埋まっていた頬を掬い上げる。…唇の上に、柔らかな温もり。
「んー…?」
重く、妙に気だるい瞼をゆっくりと持ち上げる。
その瞬間至近距離で出逢ったのは、深く昏い夜色だった。
「…っ!?」
驚きの余り、反射的に身を引く。
…その瞬間に軋んだ躰が、生まれたままの姿である事に気付いた。同様に、向かい合う相手も。
…向かい合う、相手…。
完全覚醒。その瞬間、考えるよりも先に絶叫した。
「…うっ、うわぁぁぁっ!!?? …って、いてぇっ!!!」
「…煩い」
絶叫と共に飛び起きた躰は、動きと共に全身を襲った鈍痛によって次の瞬間に再びシーツに沈んだ。
その寝起きにしてはハッキリとした発声を至近距離で聞いた相手は、小さく言って顔をしかめた。
…その、相手。彼こそが、雪羽の驚愕の理由だ。
「あっ、あ、アンタ…!!」
人差し指を突きつける為に持ち上げた右腕ですら、だるい。
その理由も、彼の顔を見て思い出した。
驚愕と羞恥とその他諸々複雑な感情と。それら全てを表しきれずにわななかせるだけしかない唇を、彼はゆっくりと笑ってそこに指を添えた。
「月代、だ。昨夜散々呼んだのに、忘れたのか?」
「…っ、覚えてるよっ! 全部っ、どうして!?」
からかうような口調も、昨夜の記憶通り。
だからこそ、雪羽の思考はショート寸前までヒートアップして行く。
「そうだな、忘れられていては堪らない」
「此方だって堪んねぇよ! 何なんだ、アンタ!」
「『月代』」
「…っ、月代…」
熱くなる雪羽とは反対に、月代は動じる気配すらない。
思わず気押され、さらりとした口調の命じる通りに呼び名を訂正してしまった。
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