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アスファルトに咲く花
9

何となく悶々としながらストローを噛っていると、つんつんと頬を突つかれる。

顔を上げると、これまた綺麗に微笑む利也の顔。


「はい、あーん」
「あーん…? …むぐっ」


その言葉に条件反射で口を開けると、すかさずスプーンが突っ込まれた。目を白黒とさせながらも、やはり反射でそれを飲み下す。

舌の上で蕩けるカカオのほろ苦くも甘い味。利也の食べていたチョコレートムースだ。


「お返し。…ウマい?」
「あ、はい…」


ニコ、と微笑みながら訊かれ、明良は戸惑いながらも頷く。大人っぽい甘さのそれは、彼に似合っているな、なんて思いながら。

自分の口から抜け出たスプーンが、またムースを掬って利也の形良い唇に吸い込まれるのをぼんやりと眺めた明良は、ハッと気付いてように顔を真っ赤にしながら脳内言い訳大会を始める。


(…べっ、別に、ケーキ一口ずつ交換し合うくらい大した事ないよな! 特別照れる事なんかじゃないよな!!)


唯人も今日び普通だって言ってたし!、と自分に言い聞かせる明良に、またしても爆弾。


「あー、キティと間接チューしてもうた」
「あぁぁぁぁっ!!!!」


語尾に「☆」でも付きそう調子の呟きが聞こえてしまった明良は、それは高らかに絶叫した。

正面の唯人が軽く目を見張り、龍治が煩そうにこめかみを抑える。ついでに店内中に響く大絶叫に、[Inferno]メンバーたちがギョッとして振り向いた。

が、明良にはそれを気に止めているだけの余裕はない。


「なっ、ちょっ…な…!?」


せっかく自分に何でもないと言い聞かせようてしていたのに、利也の言葉でそれが全て無駄になってしまった。

間接キス。…たったそれだけと言うなかれ。相手がこの人だったら、誰だって動揺するに決まっている!

最早言葉もマトモに発語出来ない程思考が沸騰している明良を、利也がニヤニヤと笑って覗き込む。


「キティったら顔真っ赤やで? ホンマ可愛ぇなぁ〜」
「…! かっ、可愛くなんかっ…」
「可愛ぇよ。…俺の、“仔猫”」


低く甘い男の声色。彼が紡いだ言葉に、胸が高鳴り…チクリと痛む。

“仔猫”。その言葉が意味する意図はなんだろう。所詮、彼にとって自分は愛玩する動物でしかないという事?

チクチクと、胸が針で刺されたように痛い。彼と同等の生物ですらない自分が、痛い。


「…キティ?」


顔を真っ赤にしていたかと思えば、急に悲しげな瞳で動きを止めてしまった明良を、利也が怪訝そうな声で呼ぶ。

『キティ』。彼がそう呼ぶ声の響きは好きだけれど、そう呼ばれる自分は嫌いだ。


「……っ!」


何故だろう、目が熱い。視界が、ぼやける。


「!? キティ!?」
「明良、どうしたんです!?」


綺麗な顔をギョッと歪ませた利也と、驚いて腰を浮かせたらしい唯人の声が、どこか遠い。

早く、早く。この場から消え去ってしまいたい!


「…っ、俺っ…帰ります!」


衝動的に駆け出した明良を、慌てたような利也の声と判断の早い唯人が追う。


「キティ!!」
「明良っ…!? ……俺も今日は失礼します。龍治先輩、ご馳走でした!」


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