アスファルトに咲く花
3
おずおずと此方へ口を開ける仕草は、何とも言えない気持ちにさせる。
…多分、この仔猫は何も分かっていないのだろうけれど。
そもそも自分から見せろと言ったにも関わらず、利也は無自覚なその仕草に軽く眉を寄せた。表情の変化を見て取り、明良がピクリと肩を揺らす。
「…あっ、あにょ…」
「喋らんで。……別に怒ってる訳とちゃうよ」
口を開けながら発音するせいで、不明瞭で舌っ足らずに聞こえる声。感情を抑える為にそれを短く制すると、またその細い肩が揺れる。
また怯えさせたと内心舌打ちしつつも、利也は極力穏やかな声で諭した。
「…赤いな…」
「んぅ…」
僅かに腫れぼったい唇と舌先を見ながら呟くと、少々苦しげに明良が呻いた。
栗色のまん丸猫目を覗き込む。
「痛い?」
「…すこし…」
薄く張った涙の膜で、潤んだその瞳。
真っ直ぐに見上げてくるそれに、つい加虐心が煽られた。
「…! いっ、痛いれす!」
「ん、どんな具合かと思てな」
赤く腫れた口腔の中に、そっと自らの指を伸ばした。爪先で軽くなぞるように触れれば、眦に溜っていた涙が一滴流れ落ちる。
あがる抗議の声をかわすように答えれば、静観していた祖父がやや咎めるような声で名を呼んだ。
「…利也」
「ん、ダイジョウブ。…ゴメンな、キティ」
曰く、あまりいじめるなと。孫の性格を長年見てきた祖父は、言葉にはせずにそう言ってきた。利也は緩く首を振る。
「氷持ってきたわよ」
「…アリガト、バァちゃん」
「…ありがとうございまふ…」
台所から戻ってきた祖母から小皿に載った氷を受け取り、未だ忠実に開けたままの明良の口の中に放り込んだ。
パクリ、とそれをくわえた明良は急激な温度差に顔をしかめる。
「つめたっ…!」
「…とりあえず、食事は中断な。氷が溶けるまで冷やしとき」
「…はい…」
しょんぼり、そんな表現がピッタリな仕草で肩を落とす。
…別に、そんな表情がさせたい訳ではないのに。
利也が知らず無表情になるのを見て、明良はますます気を落とす。
「…アキラくん、そんな気にする事じゃないよ。怪我は悪化させないのが一番だからね」
「あ…はい」
ちゃぶ台の向かいでその様子を見ていた祖父が、年の功でしょぼくれる明良をフォローした。
穏やかな声で言われ、明良が僅かに肩の力を抜く。
…反対に、本来それは自分がやるべきだったのかもしれないと、利也は微かに息を溢した。
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