アスファルトに咲く花 5 「……、俺のコトは“利也”、そう呼び」 「…利也、さん…?」 言われた通りに言葉を返せば、彼はくしゃくしゃと自分の頭を撫でてくれた。 柔らかい微笑みに、その綺麗な笑みに、思わず魅せられる。 「…キティ? …アキラ?」 「ぁ、…何でも、ないです…」 あだ名と名前と、その両方を呼ばれて、明良はハッとして緩く首を振った。 明良は、男女問わずに美しい人、可愛い人、格好良い人など容姿のいい人間が好きだ。それは美術品などを見るのに似たような感覚の“好き”なのだが、そういった人が近くにいると思わず状況を忘れて見惚れてしまう。 (…やっぱりこの人…めちゃくちゃ格好いい、よなぁ…) 気を持ち直すのもつかの間、またその端正な顔が近付いてきて意識が飛んでしまう。 彼は今まで自分が見てきたどんな人よりも、綺麗だと思った。…あくまで自分尺度での話だが。 「ホラ、傷見してみ?」 「あ、はい…」 低く耳に心地好い声で言われ、夢現のままに両手を差し出す。 利也は慣れた手付きで濡れタオルで乾きかけた傷口を洗い、消毒液を染み込ませたガーゼで手首を拭った。 乾きかけていたとはいえ、消毒液は傷口に刺すように染みた。 「…っ!」 「染みる?」 顔を歪めた明良に、傷口から視線を上げた利也が問う。 痛みに堪え性のない明良は、やや涙目になりながら彼を見上げて頷く。 「…なるべく優しくするから、我慢して」 「…ぁっ」 ガーゼで軽く傷口を叩かれ、短い悲鳴が上がる。 縋るように利也を見上げれば、大丈夫だからと囁かれた。 両手を自分に預けたままふるふると震える明良に、利也は一瞬自分が妙な事をしているような気がした。 緩く包帯を巻いてやりながら、苦笑いする。 「…てかキティ、過剰反応しすぎちゃう?」 「だって…痛い…」 「あー、ホラ大丈夫やて」 やっぱり涙目な小動物に、この子はどれだけ傷付かずに生きてきたんだ?、などと考えてしまう。何故擦り傷くらいで、こんなに痛がるのだろうか。 (まぁ、可愛いけど…) 震えながらも自分に委ねてくれる姿勢は、過剰に怯えていた先程よりもずっと良い。 考えながらも包帯を巻き終え、利也はその栗色の毛並みをかき混ぜた。 「はい、終わり。よく頑張りました」 「ぁ、ありがとうございます…」 「ん、どういたしまして」 にこにこと笑いながら髪を撫でてやれば、明良もおずおずと彼を見上げて微笑んだ。 ふわ、とはにかむように。 (うわっ…、笑ったぁ…!) 例えば、部屋の隅で震えていた仔猫が初めて膝の上に乗ってくれたような。とにかく、怖がっていた小動物が初めて懐いてくれた瞬間。 柄にもなく、ときめいた。 「もーっ、キティめっちゃ可愛い〜!」 「ふぁっ!?」 「あー、やっぱウチのコにならん? キティ」 「えっ、えぇっ!?」 思わず抱きついて叫べば、困ったように目を白黒させる仔猫。 俺の、仔猫。 ──…もうっ、ホントにめちゃくちゃ可愛い! ≪ ≫ [戻る] |