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アスファルトに咲く花
4

パタン、和室の襖が閉まれば、取り残された仔猫が呆然と呟く。


「…何、なんだよ…」


自分が出会い頭にぶつかったのは、天下の[狂鷹]で。数日前気まぐれに助けられたとはいえ、相手はそんな事覚えていないだろうと思って。

瞬間、大袈裟にも人生の終わりすら覚悟したというのに。

…彼は、笑っていた。とても綺麗な顔で、とても綺麗な笑みで。


「何なんだ…よ…」


…動悸が激しい。

それは、恐怖の為? …否、そうでないとしたら?


「意味が…わからない」


心底弱々しい声で、呟いた。

殺風景な部屋。よく片付けられた、けれど生活感のある空間。


(…此れが[狂鷹]の、アノ人の、空間?)


滲んだ血などとうに乾いたと思った、手首の擦り傷が疼いた。きっと、高鳴り続ける動悸のせいだ。


「…キティ?」


低く甘やかに鼓膜を擽る声が、自分を『仔猫』と呼ぶ。

手にお盆と救急箱を抱えて部屋に戻ってきた利也が、蹲る自分を見下ろしていた。

ちらりと彼を見上げるけれど、そのままその鳶色の光に捕われそうで。それが怖くて、視線をそらした。

その拒絶を利也は自身に対する恐怖と受け取り、寂しげに苦笑いしてお盆をちゃぶ台に置いた。


「…ホットミルクだけど、飲む?」
「…………」


差し出されたマグカップを見つめ、一瞬どうリアクションしていいかわからくなった。

…まぁ、真冬ならばそのチョイスでも良いと思う。しかし、今は衣替えも終わった六月。
なのにここで敢えてのホットミルクというのなら、それは自分が『仔猫』だからというのに他ならないのだろう。

一度深くため息をつき、けれど喉は渇いていたのでここは細かい事は気にせずありがたく頂く事にした。


「ありがとう…ございます…」
「…ぁ、用意したのはバァちゃんやで? 猫ちゃんに持ってておあげ、って」
「…ゃ、もう何でもいいです……」


もう、どうとでもなりやがれ。

混乱が頂点に達した為、やけくそ気味にそう思った。

受け取ったカップの縁に口元を寄せ、その熱に顔をしかめた。


「…キティ、猫舌?」
「…はい…」
「なんか、まんまやな」


馬鹿にされたのかと思ったけど、その笑みは柔らかかった。


──…あぁ、まただ。また貴方は、評判には到底そぐわない綺麗な顔で、笑う


「…キティ、俺が“誰”だか、知ってるよな?」
「…[狂鷹]さん…」
「そう。ちなみに本名は知ってる?」
「三鷹、利也さん…ですよね?」


唐突な問いに戸惑いながらも、知ってる限りの知識で答えた。

言葉を交したのは今日を含めてたった二日でも、彼の“噂”ならば些細な事まで耳に入っていた。


「そう。…じゃあ、キティの名前は?」
「俺…?」


キティ、彼はそう呼ぶけれど、そういえば本名は名乗ってはいなかったのだなと思い出す。

自分は訊かずとも彼の事を知っていたけれど、彼が自分を知っている筈がない。それは事実だけれど、少しだけ、苦かった。


「…沢木、明良」
「アキラ、ね…」


ポツリ、含めるように呼ばれる。

“キティ”、そう呼ばれても胸は高鳴るけれど、名前を呼ばれるとより一層、動悸が煩くなった。


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