アスファルトに咲く花 湯煙滲む * * * 美味しい甘味に満足して宿に戻れば、準備もそこそこ、お待ちかねの温泉タイムである。 「此方は露天風呂以外にも、屋内にも様々な種類のお風呂があるようですよ」 「へぇー…」 浴衣に手拭いなど、抱えていた荷物はさらりと龍治に奪われてしまった為、手ぶらで廊下を歩く唯人が言う。 同じく主な荷物は利也に奪われたものの、手持ち無沙汰になるのは嫌だった為桶だけは死守した明良は、栗色の瞳を楽しげに輝かせてこくこくと相槌を打っている。 「どうせ二回来る事になっていますし。露天風呂は、最後の楽しみにとっておきますか?」 「うーん…」 「…でも、夕食の後ならそれなりに混むだろう? 先に空いてるうちに楽しんでおくべきじゃないか?」 首を傾げる明良。隣を歩く龍治は、冷静に対案を示した。…彼の言うことも一理ある。 「ま、今と後でと、何回でも楽しんだらええやん。露天風呂も、屋内風呂もさ」 手にした畳んだ浴衣の上にアヒルさんの玩具を積んだ、なかなか似合わない図の利也が軽く言った。 歩きながら彼がつんつんと黄色いアヒルをつつくと、クェー、と玩具が鳴く。……アヒル? 謎の黄色の鳥に唯人が不思議そうな目を向けているうちに、風呂場へ到着した。 龍治から自分の分の手拭いを貰って振り返ると、今まで明るい表情をしていた明良が利也を見上げて微妙な表情になっている。 「うん? どうした明良」 「あ…、ううん、えっと…」 桶を抱きかかえながら、まだ風呂に入る前だというのに茹で上がったように顔を赤く染める明良。 利也はその反応の意図を分かって訊いているのだろう、表情が愉しげににやけている。 …唯人の場合は、今更龍治の前で肌を晒す事に抵抗はない(感じる身の危険は別として)。が、未だ(ギリギリ)清い交際を守っているらしい明良は、一緒に温泉に入るという事は相手に無防備に肌を晒す事になるのだという事なのだと、今更ながらに気付いたのだろう。…まったく、初だというか、鈍いというか…。 「あ、う、えと……、唯人!」 「はい?」 「あっち! あっちで着替えよ、な!?」 「…そうですね」 混乱した明良は、やはりと言うべきか、唯人を振り返った。 此方を見る年長二人に苦笑いを返し、唯人は大人しく明良に引っ張られて行く。テンパっている明良をこれ以上追い詰めるつもりはないのか、利也も龍治も何も言わずに見送った。 …どの途、先送りにしたところで行き先は一緒だ。 ぱたぱたと脱衣場の端まで走っている明良に腕を引っ張られつつ、唯人は肩をすくめた。 ≪ ≫ [戻る] |