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8.夏休み


「紀! ナニぼけっとしてんだよ! 海行くぞ海! ほら早くっ」


夏休み、僕は孝博と僕らの家族とともに広島に来ていた。

これは幼い頃からの恒例イベントで、2週間の長期旅行だ。

毎年違う海を探してはそこで孝博の家族と一緒に遊びまくる。

来年は受験で来れたとしても勉強三昧だろうと予測している孝博などは今までにないくらいのハイテンションぶりで、ペンションに着くなり荷物を放り出して僕を引っ張り出した。


「元気だなぁ孝博は。」


引っ張られるままに歩きながら、苦笑してしまう。

幼稚園時代からまるっきり変わらない孝博がおかしかった。


「年寄りくさいこと言うなよ〜。俺は2週間、力いっぱい遊びまくるんだ!」


何もそんな宣言しなくても・・・


「僕は君より体力ないんだから、あまり引っ張りまわさないでくれると嬉しいんだけど。」


そんな僕の呟きは全く意に介さず、孝博は豪快に笑いながら僕の手を引いていく。



   * * *



「きゃー! やめてー!」

「はははははは」

「もー、ぷっ、なにやってんのー?」

「あははははっ、もうめちゃくちゃだわこの人」


夕方。

正午過ぎくらいにペンションに到着したのだから、海に飛び込んでかれこれ4時間。

僕は1時間間ほど前にすでにリタイアして日干しになっているのだが、孝博は疲れを知らない。

僕が降参するのに不満そうにしていたが、すぐにそこら辺にいた女の子のグループの中に入っていってはしゃぎまくっている。

まったくあの体力には感服するしかない。


「元気だなぁ・・・」


青い空を背景に水を掛け合ったり潜ったりしている彼らを眺めていると、気分がだんだん年寄りくさくなってしまう。

穴場を探すのが得意な孝博のおかげで少し歩くことにはなったが、僕らのいるこの浜辺には人の姿はまばらだ。

サーフィンをしているグループ二つの他は小さい子供たちと、今孝博が乱入している中学生くらいの女の子4人だけ。

僕は岩場のてっぺんに座ってそれらを眺めている。

ひどく長閑な風景だった。

彼らのはしゃぐ声も僕のいる場所からは遠くて。

潮風が頬を通る他は何も僕に干渉するものがない。


――――・・・・・・・


こうしてじっとしていると、つもりはないのに自然と先生の顔を思い浮かべてしまう。


『愛してるよ』


そう囁いた先生の声。


『・・・馬鹿な女』


そう言って笑った先生のさざめき。


あのあと、先生は階段の踊り場に立ちつく僕に気づくことなく職員室に入っていった。

我に返って用事を済ませるために恐る恐る先生の後を追うと、いつもと同じ先生が教頭先生と話していた。

先生の顔には、僕の知ることのできない顔が沢山あるんだと思った。

だって恋人に語りかける先生の声一つだって、僕が聞いたこともないような響きをしていたから。

そして、僕ははっきりと自覚してしまった。

今まではただただ思っていられればいい、と自分に言い聞かせて思い込もうと思ってきたけれど。

やっぱり


『愛している』


その一言を、その感情を。

僕は求めるのだ。

痛感してしまった。

泣きたくなるような疼き。

そして、それが僕に向けられたものではないということへの痛み。

なんでもないことのようにその言葉を与えられる電話の向こうの女の人への理不尽な怒りと苛立ち。

僕は先生が好きだ。

僕は先生の心がほしい。

先生に抱きしめられたい。

それは抱いてはいけない望み。

先生を好きだと自覚したときから、僕が自分に言い聞かせてきたことだ。

求めて苦しむのは自分だから。

先生の全ては決して手に入らないものだから。




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