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58.二人
夢か現実か、それを判別する事がぼくにはできない。

目の前にある現実さえ夢のように見えるのだから。

だから、わかりにくい事は承知で、僕が見たまま感じたままを孝博に伝えた。

突然の白昼夢に、他人への恐怖感のこと。 思い出すというには強烈すぎる、今までの記憶になかった情景のこと。

話し終わった時には夜中を過ぎていたけれど、孝博は黙って聞いてくれた。

「お茶、淹れてくるね」

話し終わった途端に孝博の反応が怖くなって、僕は部屋を出た。 喉が乾いていたのもある。

寝静まったリビングでお湯が湧くのを待つ。久しく気持ちが落ち着いているのを感じた。

ガスコンロの上で火にかけられたヤカン。それが目の前にあるという現実。 ただそれだけのことだけれど、すごく久しぶり。

今まではまるで自分が透明な卵の殻に入って、そこから外を眺めていたようなのだ。

時々殻から外に出ると、周囲の全てのものが何らかの危険信号を発しているように感じて、恐ろしくてたまらなかった。

その不合理な感覚が、今ばかりは鎮まっている。 それが嬉しい。

お湯が沸く。

感謝を込めてできるだけ丁寧にお茶を淹れて、部屋に戻る。

孝博は布団に大の字になって、片腕で目を覆っていた。

机の上にお盆を置き、さてと再度孝博を見ると、目を開けてこちらを見上げている。

「飲む?」

「ん・・・サンキュ。」

孝博に湯呑みを渡して、僕もそのまま床に座る。

お茶を啜りながら、孝博は僕をつらつらと眺めた。

「芳巳さんに会ったのか?」

ベッドに腰かけた僕を、床に敷いた布団の上に胡坐をかく孝博が見上げる。

「うん。知らなかったよ、孝博が芳巳さんと再会してたなんて」

「あぁ、それに関しては、悪い・・・」

孝博は決まりが悪そうに頭をかいた。

僕が首を傾げると、意を決したように再び顔をあげる。

「芳巳さんに、あの日何があったのか聞いたんだ。」

正確に知りたかったから、と。

そういえば、僕はあの日、意識を失っていたため芳巳さんに運ばれるに至った流れを知らないままだ。

浜辺で気絶していた僕を芳巳さんが発見して直接宿泊先に届けてくれたものと思っていたが、僕の服は破られていたし、砂も大量についていたはずで、そのまま運ばれていたとしたら母さんたちも一目で風邪ではないとわかっただろう。

孝博は僕の疑問を読み取って軽くうなずいた。


「紀を浜辺で見つけたのは、芳巳さんじゃなくて一緒に来ていた友人らしい。彼が手当の為に芳巳さんたちの部屋に紀を運んで手当をして俺たちの宿泊先を知っていた芳巳さんが紀を運んでくれたって。」

芳巳さんの友人――その人が、僕を見つけた。

夜の闇を背に、上から僕を見下ろす人影が脳裏に浮かぶ。

「紀?」

孝博が伺うように呼ぶ。

「ん、大丈夫。・・・じゃあ、その人にも感謝しなきゃね。」

「・・・・・・そうだな。」

「どうかした?」

「いや、・・・いや、何でも。すごい偶然だよな。たまたま芳巳さんの友人がお前を発見して、病院に連れて行かずに芳巳さんのいる部屋に連れて帰ったなんてさ。」

「そうだね」

もし、その「友人」が僕を救急車を呼んだり、病院に運んでいたらその後は全く違う展開になっていただろう。

母さんと父さんの目。学校での目。

それらがすべて違うモノとなっていたかもしれない。
そう考えると不思議だった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「疲れたな・・・寝るか。」

「・・・うん。」


孝博が何か言いたそうに見えたけれど、今は言う気配がない。

僕たちは布団に入った。

もう2時を過ぎている。

久々に心地いい眠気が襲ってきていた。


「孝博、聞いてくれてありがとう。」

「ああ・・・。お休み」

「お休み」

孝博が隣にいる。

久しい安堵とともにそれを感じながら、僕の意識は早々に眠りの中に落ちていった。




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