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55.飽和

結局、しつこく嘔吐したことで疲れ切った僕は、そのまま自室のベッドに横になるのがやっとだった。

心が飽和状態というのだろうか。

ただ二つの情景が繰り返し頭の中に浮かぶだけで、何も考えることができない。

開けっ放しの窓から差し込む月光が見上げた天井を白く反射させる。

眠れない。

頭の中に、ただただ恐怖を感じさせる情景が回りつづける。

それは今まで夢の中で見てきた幻なのかもしれない。

それが現の意識の中にまで影響しているのか。

それとも、夢と現実の区別がつかなくなっているのか。



月が傾く。
天井に映る光の影が角度を変える。



怖い、ただそれだけ。

それ以上深く考えたくない。

僕が――だから、こんな目に合うのだということを、考えたくなくて。


かちゃ


天井を見上げたまま、僕はドアが開く音を聞いた。

いつの間にか見上げた天井に朝日が映り込んでいる。

夜が明けたらしい。

ゆっくりと首を巡らせると、入ってきたのは孝博だった。

「――紀?」

制服姿の孝博はこちらをドアに手をかけたまま立ち尽くしている。

「お前、大丈夫か?」

朝だ。

孝博が来た。

学校に行かなくちゃ。

そう思って体を起こす。

「・・・・・・っ」

まるで自分をささえるための筋肉までもごっそりと落ちてしまったかのように、とても体が重い。

そのまま起き上がることができないので、横向きに転がってから肩と腕を使って起き上がる。

ベッドの上に上半身を起こすだけで疲れてしまって、起こした上体を壁に預ける。

孝博はと見ると、まだドアのところに立っている。

「・・・・・・大丈夫じゃないみたい」

そういうと、やっとドアから手を離して近寄ってきた。

「熱は?・・・・・・ないみたいだな。」

額に手を当てて熱を測られる。

体を起こそうとすると、肩を抑えられた。

「お前、今どんな顔しているか自覚ある?」

まだ鏡も見てないのに、そんなものあるわけない。

「ただごとじゃないって顔だよ。調子悪いんじゃないのか?」

「そんなことないよ」

体が異様に重いだけだ。

程度の差こそあれ、今までだってそういうことはあった。

「紀!!」

「ほっといてよ・・・」

「ほっとけるか!!」

強く言われてはっとする。

それが恐怖だったのか、ただの衝撃だったのかは判然としないけれど。

「今日一日くらい休んだっていいだろ!? 明日は振休だし、明後日は日曜だ。月曜には迎えにくるから!!」

どろり、またあのキタナイものが顔をだす。

孝博が強く言えばいうほど、それは溢れてくる。

ぼんやりとしていた焦点が定まる。

孝博が、怒っている。

勝手に来て、勝手に怒らないほしい。

「うるさい!! ほっとけってば!」

衝動のままに肩におかれた手を振り払う。

体は重いままだったのでそのまま横に倒れそうになったのを手をついてこらえた。

そうしてから、孝博が僕を心配していることに思い至る。

どうしてこうなってしまうのか。

キタイものが、どんどん出てきてしまう。

孝博はしばらく途方に暮れたように振り払われた手をさまよわせていたけれど、やがて溜息をついて屈めていた腰を伸ばした。

「・・・ごめん・・・」

「いや、俺こそ悪い・・・」

孝博の顔が見れない。

やはり、自分がよくない状態だということはわかった。

自分で自分がコントロールできない。

「・・・・・・休むよ。今日は」

「そうか・・・」

ほっとしたような孝博に、ずきりと胸が痛む。

その痛みで、酷く心が弱っているのだなと思った。

「おばさんにも言っとくな。・・・夜また顔出していいか?」

「ん・・・。」

「ゆっくり休めよ」

それだけ言って、それ以上僕に触れることなく、孝博は部屋を出て行った。

扉が閉まると同時に、ベッドに沈む。

――疲れる・・・

ポツリと、そんなことばが浮かんで消えた。




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あきゅろす。
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