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54.食卓


家に着くと、ちょうど夕食の準備ができたところだった。

冷めないうちにと急かされて、手早く着替えて食卓につく。

今日は和風おろしハンバーグだ。

父さんは大抵帰ってくるのが遅いので、夕食は母さんと二人でとる。

いただきます、と手を合わせて箸をとった。

とにかく食べなくては。

それだけを考えて、食事をとる。

大根おろしとポン酢で食べるシンプルなハンバーグは僕の好物の一つの筈なのだけれど、体が何かを摂取することを拒絶しているようだった。

無理矢理胃に流し込むように食べながら、意識は食卓を離れていく。

ずっと、あの浜辺で見た夜空が頭の中に浮かんでいる。

冷たい星空と、遠い感覚。

浜辺の砂の冷たさと暖かさ。

――いってぇな・・・、おい、なんかないのかよ

――オイルある。ほれ

虚ろな意識の向こう側に聞いた声。

それと重なって、別の声が聞こえる。

――うるさい! うるさい! うるさい!

繰り返される殴打と、悲鳴のような怒鳴り声。

――こいつ、おとなしいなぁ

――慣れてんじゃねぇの?

――げぇ〜、病気大丈夫かよ

――ぎゃははは

――面倒見てやってるだけありがたいと思えよ! いい、今度声出したら追い出すからな!

狭い部屋、ゴミ袋、食器の山

星空、黒い影、白い月

顔の見えない3つの影

見下ろす、歪んだ女の顔

あれは――どこの

――・・・いつの?



ご飯の最後の一口を口に運ぶ。

茶碗から顔を上げると、目の前に母さんが座っている。

食後のお茶を飲んでいるところだった。

ぼんやりと焦点が合うに従って、目が合う。

僕を見ていたのだろうか。

「なんか、調子悪そうね。熱でもあるの?」

いつもと同じ、静かな目。

その筈なのに。

・・・怖い

「――大丈夫だよ。」

「そう? 風邪なら早めに薬飲んでおきなさいね」

「うん。・・・ごちそうさま」

手早く食器をまとめて台所に運ぶ。

僕を気遣う言葉が、何故か恐怖を煽る。

そうだ、心配するなんておかしい。

優しい言葉の後にあるのは――暴力ではなかったか。

食器を水につけて、ダイニングを振り返る。

カウンター越しに、食事中にいつも流すラジオを聞きながらお茶を飲む母さんの背中が見える。

窓の外の緑を眺めながらのんびりとしている。

それは、暴力とは無縁の日常だった。

――暴力なんてあるはずがない。

あの夏の日の出来事が、僕をおかしくしているようだ。

今まで暴力とは無縁に生きていたからか、あの時の事を思い出すと、勝手に身が竦んで、体の芯が恐怖に震える。

それに加えて、覚えのない情景が頭に浮かぶのだ。

これが被害妄想というものだろうか。

覚えのない、暴力の記憶。

遠い間隔の向こう側の、

――男たち

「・・・っ」

トイレに駆け込む。

「・・・ゲホッ」

世界が回る。

嘔吐を繰り返しながら、視界は何も認識しない。

浜辺と、狭い部屋

二つの情景が入り乱れて混乱する。

かき回される。











僕は今、どこにいる・・・?




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あきゅろす。
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