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52.再会


・・・寒い時って、どうしてたっけ。

下校時刻。

手袋を忘れたため、駐輪場に行くまでの間に指先がじんと痛み始めていた。

今日は今にも雪が降りそうな寒さで、同じ道を行く生徒は手袋をしているかポケットに手を入れている。

そう、寒い時には僕もついポケットに手を入れていたはず。

けれど今はそうする必要性を感じない。

・・・なんでポケットに手を突っ込んでたんだっけ。

「た・て・い・か・な・めくん!」

「・・・?」

ぼうっと考え事をしていたために反応が遅れた。

どこか聞き覚えのある声に振り向く。

「芳己さん?」

あまりにも意外な人物が、変わらない笑顔で校門の前に立っていた。





ちょっと話せない?と言われて、連れてこられたのは
駅から少し離れたところにある喫茶店だった。

歩きながら聞いたところによると、1月の中旬に芳己さんは街でばったり孝博に会ったらしい。

それから何度か孝博とは会ったけれど、せっかくだからと僕にも会いに来てくれたということだった。

わざわざ高校まで来なくても孝博にセッティングしてもらえばよかったのではないかと思ったけれど、それについてはなにも答えなかった。

それで今。

僕はブレンド、甘党だという芳己さんはアイスカフェラテを前に座ったところだ。

「実は、君に報告しなければならないことがあるんだよね」

「何ですか?」

言葉を選んでいるのか、芳己さんはそこでストローに口をつけた。

ズズズ、と音がする。

「最初に会った時の話のこと・・・最近、会うようになったんだよ、あの人と」

「・・・えっ、」

「付き合うとかっていう段階ではないんだけど、ま、ちょっと関係が変わったっていうか・・・」

「それは、よかったですね」

夏の夜を思い出す。

芳己さんは長いこと抱えてきた思いに苦悩していた.

・・・今思えばものすごく恥ずかしい語りをしてしまってなかったか、僕。

「大丈夫? 顔赤いけど」

「お構いなく・・・」

「そ? ・・・結局さ。あいつのことも彼女のことも、俺は誤解しててさ。二人の関係に、俺は全然納得してなかったのに二人のことだからって本音を隠してたんだよな。そのせいで解決してないことが宙ぶらりんのまま何年も経ってた。」

芳己さんは視線を落としたままゆっくりと話す。

僕はコーヒーに口をつけた。

「君と話してから俺も考えてさ。考えたんだけど、最終的に君が言ったのと似たような状況になったよ。」

「? それって?」

「あいつに、彼女を幸せにしろーって叫んで殴っちゃった。」

芳己さんはその時のことを思い出してか、苦く笑った。

「そしたらさ、あいつ『バカだろ』って一蹴。幸せの在り処くらい、彼女は自分で見つけてるってさ・・・」

幸せの在り処・・・?

「彼女が今幸せじゃないのは彼女自身の問題だって。」

「・・・どういうことですか?」

僕が首を傾げると、芳己さんは「俺もその時は理解できなかったけど」と前置きをした。

「彼女も本音を言えずに長いこと苦しんでいた。・・・彼女にはどうしても時間が必要だったから。」

「時間・・・?」

「『深い傷を負うと、それを癒すことに全エネルギーが必要になる。そうしないと傷が膿んで取り返しのつかないことになる』。だからだって。」

「・・・・・・」

「俺は彼女がそんな状況にいたなんて何にも気づいてなくて、友人としても距離を置かれた時はなんでだよって、自分のことしか考えてなかった。・・・彼女が苦しんでるとき、一緒にいてやったのはあいつだった。それ知ってさ、すごい悔しかったよ。俺情けなさすぎだろって。でも、俺じゃだめだったんだよな。」

芳己さんの話は難しい。

けれど

「その、「彼女」の傷は癒えたんですか?」

「彼女はそう言ってる。多分、完全に元には戻らないけどって」

「――良かったですね。」

僕に言えるのはそれだけだった。

それ以外言葉にならない。

傷を癒やす、か。

「・・・ああ。そうだね。」

芳己さんは嬉しそうに笑った。

きっと「彼女」は近いうちに本当の幸せを手に入れることができるのだろう。

カフェラテをストローでかき混ぜながら、芳己さんは何かを考えているようだ。

暫くして顔をあげた芳己さんは、まっすぐ目を合わせてきた。

「俺の話はこのくらいにして。かなめくんは元気にしてたの?」

「・・・はい。」

「かなめくん」

反射的に答えると、予想外に真剣に名前を呼ばれて背筋が伸びる。

『芳己さんが朝、お前を運んで来てくれたんだよ。浜辺で寝てたっていってたけど、』

気が付くと、芳己さんは視線を落としていた。

視線の先はテーブルの上の僕の手で。

それは微かに震えていた。

「かなめくん、大丈夫。」

咄嗟に引っ込めようとした手を、芳己さんが上からそっと抑える。

先ほどまでカップを握っていた手は、ひんやりと冷たい。

「大丈夫。何もしないから」

言葉が出ない。

何も、言えない。

「苦しいんだね。」

首を振る。

苦しくなんかない。

ただ怖いんだ。

嬉しい、悲しい、苦しいという感情も、過去も未来も夢も現実も、全部が怖い。

だから何も感じたくないし、考えたくない。

「わかるよ。だって、かなめくんずっと苦しそうな顔をしてる。」

「芳巳さん、・・・僕は苦しそうな顔をしてますか」

「うん。苦しくて、すごく痛そうだ。」

「・・・そんな自覚、ないけどな」

「何も言わなくていい。君の思っていること、感じていること。きっと言う準備ができたら言葉になるよ。その時俺に言いたいと思ったらさ、その時は絶対呼んでよ。聞くから。」

これ、連絡先ね、と芳巳さんは名刺を差し出した。

『ジャーナリスト 高階芳巳』

名前の他に電話番号と事務所らしき住所が載っている。

「その時話したいと思った人に話せばいい。」

な、と笑う芳巳さん。

名刺の感触。

その瞬間、僕には少しだけ世界が色づいたように見えた。




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