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49.ベンチ


「紀!」

突然耳元で怒鳴られ驚いて顔を上げようとした。

しかしすぐに全身が冷え切っていて身じろぎするのもままならないことに気づく。

「・・・?」

少しの間、僕は自分の状況を理解するのに時間を要した。

それというのも、自分がいつの間にかベンチに腰掛けていて、目の前に孝博がいたからだ。

全く状況がわからないままあたりを見回すと、どうやら自宅最寄りのコンビニに備え付けられたベンチのようだった。

周囲に人影はない。

「紀、おい」

孝博が苛立たしげに僕の肩を掴み――反射的に震えたのに気づいたのか、ぱっとその手を離した。

「・・・孝博? なんで・・・?」

「お前が帰らないっておばさんから電話があったから探してた。何かあったのか?」

「え・・・と」

困惑しながら時計に目を見て驚いた。12時になろうとしている。

仕事が終わってから2時間以上経っていることになるが、僕は帰り道を歩いていた記憶しかない。

僕の困惑を読み取ったのか、孝博が難しい顔になった。

「お前、大丈夫か?」

ゆっくりと話す孝博の声が、冷え切って震える体にしみる。

見かねたのか、孝博は自分の上着を脱いで僕に着せた。

温かいぬくもりにぶるりと体が震える。

「とりあえず家に行くぞ。負ぶされ。」

孝博はゆっくりと僕の両腕をとり、そのまま背を向けて腕を引っ張り、僕を無理矢理背に乗せた。

一度体を揺すって体制を安定させてから、ゆっくりと歩き出す。

僕は冷え切った腕を何とか孝博の首に回すのが精一杯だった。

孝博が歩くにつれてコンビニの明かりが遠ざかる。

薄暗闇に身を包まれる中、ただ、孝博の温もりだけを感じていた。




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