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35.忘レモノ


日曜日。

その日は父さんが午後から出社ということで、朝コーヒーを淹れて送り出した後、僕は与えられている課題も放り出し、自室のベッドでうだうだしていた。

昨夜は飛び起きることこそなかったものの寝ている間中緊張していたらしく、起きたらものすごく体が重く、疲れていたのだ。

けれど、今日ばかりは母さんがそれを許さなかった。

これからどこかに出かけるという母さんに、父さんの書類を届けるように仰せ遣ってしまった。

日曜日だというのに大事な打ち合わせがあるらしく、それに必要な書類を忘れてしまったというのだ。

・・・しっかりしている父さんには珍しいことだ。

すぐに出かけなければいけないと言う母さんに断ることもできず、渋々茶封筒を受け取った。

正直、だるい。

けれど仕方ない。

なるべく急いで支度をして家を出る。

父さんの会社には行ったことがないし休日は受付が閉まっているので、会社最寄の駅で父さんと待ち合わせということになっていた。

普段は乗らない電車に揺られながら、ぼんやりする。

喫茶店に木下君のピアノ、そして滝沢先生。

ここのところ少しずつ日常が変化しているけれど、何故だろう。

こうしてぼんやりしている時、それらの変化はとても遠くて。

まるで自分に起こったことではないような感覚。

どんどん、日々が平坦に、曖昧になっていくような気がする。

どうしてだろう。

ただ、夜だけが鮮明で。

『間もなく・・・駅に到着致します。お降りの方は・・・』

車掌のアナウンスで現実に引き戻される。

降りる駅だ。

膝に置いていた荷物を抱えなおして立てる準備をしようと顔を上げた。

瞬間、一瞬で全身が強張った。

(なに・・・)

座っている僕の前に立って吊り革に捕まっている男性が二人。

僕は彼らを見上げるのとほぼ同時に、陸橋の下にでも入ったのか彼らの上を影が過った。

二人は僕に注意を向けず、ただ窓の向こうを眺めている。

ただ、それだけのこと。

それだけなのに、僕はたまらない恐怖に襲われた。

右隣に座っている女性がちらりとこちらを見たようだ。

けれど、僕の体は僕の意思に関係なく硬直する。

何もおかしなところのない日曜日の昼下がり。

陽光で明るい車内の、何気ない光景に過ぎない。

それなのに・・・?

混乱している内に電車は速度を落とし、停車する。

僕は中々言うことを聞かない体を何とか動かす。

隣の女性の視線、二人の男性の間を通り抜ける恐怖。

それだけで頭が一杯になった。

苦しい。

それだけしか考えられなくて、とにかく一人になろうとトイレの個室に駆け込む。

いつの間にか全身が震えている。

わけがわからなかった。

自分の状態が理解できない。

頭が痛い。

怖い。

苦しい。

もう、それだけだった。




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あきゅろす。
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