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27.飛山祭


結局、その後も僕は何度かA組の喫茶店に協力することになった。

クラスの手伝いよりも確実にA組での貢献度が高いことが悲しい。
といっても、飛山祭まで一週間を切ってからはHR委員として体育期間を含めた全体準備の仕事もあって、結構忙しかったんだけど。

ともあれ、そんなこんなで飛山祭当日。

二年C組の『縁日教室』は、「看板が豪華」で「やたらと賞品が多い」、「変なBGMが流れている」という特徴を持った、なかなか個性的なものになった、と思う。

特にできることがなかった文化部以外の僕を含む数人は前日準備で大いに気張り、面目躍如とまではいかなくても「独活の大木」という汚名は回避できた、と思う。

HR委員の方で、文化期間中は二日目と三日目に仕事が割り振られたので、初日はやることといったら店番だけ。当番以外の時間はのんびりできることになった。

午前中の店番をこなした僕と赤井、辻井は部の出し物(焼きそば屋らしい)に強制参加の中井を見送り、他のクラスの出し物を見てまわることにした。

初日ということもあって午前中は活気もぎこちないかんじだったけれど、お昼も過ぎる時間帯からは各所で催し物が出て、盛り上がっていた。

今日は平日なので校外の参加者はいない。

本格的に盛り上がる土日の予行演習と部外者の目を気にせず生徒だけで盛り上がる、という二つの目的を持って設定された日、らしい。

僕と辻井はお祭り好きな赤井にひっぱられていろいろな場所に連れまわされた。

迷路、お化け屋敷、軽音のライブ・・・

二時間ずっと校内を回っていると、さすがに疲れる。

三個目のお化け屋敷から出たところで、僕は休憩用の椅子に座り込んだ。

「ありがとうございましたー」という声に送り出されて、僕のすぐ後にいた辻井が隣の椅子にドスンと腰を落とす。

はあ、と椅子に背を預ける辻井に苦笑を返す。

「赤井、まだかな?」

一番目に入った筈だけれど、赤井が出てきた様子はない。

中で二つに道が分かれていたから違う道を選んでしまえば出てくる順番が違っていてもおかしくはないんだけど。

「出てくる直前に赤井悲鳴だか笑い声だかわかんない声が聞こえたから、何かで引っかかってんじゃねぇ?」

首を回しながら、辻井が答える。

そっかと納得して僕も椅子にぐったりと背を預けた。

祭りに関しては特別なセンサーが働くのか催し物に関して驚くほど情報通な赤井は、迷うことなく次々と面白いところへと案内してくれる。

してくれるのはいいんだけど、ノンストップすぎてジェットコースター並みに脳が回る。

先ほど入ったライブなんて、開演ジャストのタイミングで入るという徹底振り。

まさに休む暇もなかった。

「お待たせー!」

バーンと、出口の黒い布を潜り抜けて赤井が元気よく飛び出してきた。

呆れを通り越して感心してしまうほどハイテンションの赤井だったけれど、僕と辻井が椅子にぐったりと懐いているのを見てさすがに気付いたらしい。

「あれ、二人ともダウン?」

きょとんとした様子なのが腹立たしい。
むっつりと辻井が頷くのを見て、赤井は何故か楽しげに僕を見た。

「じゃあ、2−Aのとこ行こうぜ。喫茶店。」

そうきたか、という心境だけれど、特に反対する理由もない。

協力した身としては一度くらい顔を出した方がいいだろうし、明日以降は行けるかどうかわからない。

「そうだね」

「ああ」

辻井の同意も得て、僕らはA組の教室に向かった。

「いらっしゃいませー」

『美味しいコーヒーいれます』とどこかで見たようなデザインの看板が置かれた教室に入ると、女の子の声と共にコーヒーの香りに迎えられた。

教室はシックな黒と白の布で装飾されており、作業場と思わしき場所に立てられた衝立の前に簡易のカウンターが設置され、そこに白シャツに黒のベスト、黒の腰巻のエプロンを身に着けた孝博と加納君が忙しそうに働いている。

テーブルと椅子以外にそれしかないから、教室に入ったら――というか、おそらく廊下の窓からもその二人に目が行く。

長身で引き締まった体を持つ孝博と、身長は平均だけれど細身で、動作に年季が入った加納君は、教室のデザインも相俟ってかなり・・・惹き付けられるものがある。
A組の子達の計画を聞いていた段階ではピンとこなかったけれど、実際に目にして、なるほど・・と納得してしまった。

案の定、教室にいる客は殆どが女子生徒で、皆ちらちらとカウンターを盗み見ているようだ。

「何か、面白いことになってんなぁ」

赤井が案内された席に腰掛けながらそんなことを言う。
孝博たちは忙しいのか、手元に集中していて僕らが入ってきたことにはまだ気付いていない様子だ。

赤井の言うとおり、当初の『喫茶店』とはかなり趣を異にしているんじゃないだろうか。

苦笑するしかない僕らの元に、白シャツに黒いズボン、黒いエプロンをつけた土井さんがいそいそと近寄ってきた。

「いらっしゃい館斐君! どう? 結構いい感じでしょ?」

見るからに楽しそうな土井さんに、今度は本当の笑みが浮かぶ。

「うん。すごいかっこよくて驚いたよ。お客さん多いね。忙しい?」

「それはもう! といっても、一番忙しいのは来栖麻たちだけどね」

悪戯っぽく笑いながら土井さんはカウンターを指差す。

「他の男子が役に立たなくて、あの二人だけでやってる状態なのよ。」

「え、交代なし?」

赤井が驚いたように土井さんを見る。

「うん・・・。女子でできる子が一時間おきに一人入って、一人ずつ休憩してもらってるんだけど・・・
滝沢先生のOKをもらえたの、あの二人だけだから、完全に二人を自由にするのは心もとなくって。」

きまりが悪そうな土井さん。

まあ、確かにお祭り好きな孝博にはちょっとかわいそうな気がするけど・・・。

でも、僕が協力することになったのは孝博のせいだし、明らかに確信犯だったから同情する気にもならない。

加納君はなんだか楽しそうだし・・・・

「いいんじゃない? どうしても嫌なら明日以降他の子を使えるように教えるとか、孝博ならしそうだし。なんだったら味見役くらいなら付き合うって、後で言っておいてくれるかな。」

にこりと笑顔つきで言ってみる。

土井さんはちょっと驚いたようだけど、すぐににっこり笑った。

「ありがとう。ところで、ご注文は?」


その日、焦った孝博に頼まれて僕が深夜までA組男子のコーヒーと紅茶の練習に付き合ったことは言うまでもない。




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あきゅろす。
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