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1.僕の好きな人


その人の名前は滝沢省(まさ)仁(と)。

そう、僕と同じ男。

彼は僕の通う高校の教師で、担当教科は世界史。

とても背が高くて、足も長いからいつもきっちり着込んだスーツがよく似合う。

年齢は27、らしい。

女子の会話から拾った情報だから確実とは言えないけど。

銀縁の眼鏡がよく似合って格好いい。


「利潤追求の資本主義経済が発達した結果、独占資本主義が形成され、大企業が生産と資本を集中させ、小経営者や民衆を犠牲にして繁栄しだした。例を挙げればカルテルといわれる企業連合で―――」


僕の好きな先生の声。

それは気だるげで、低くて、少し掠れている。

友達なんかは「眠くなる。」と断言しているけど、僕はとても好き。

とはいえ彼の授業では起きている人より寝ている人のほうが多いのだけれど。

現に今日なんかは3分の2が机に突っ伏して完全に眠りの世界だ。

そうでない人も頬杖を付いたり腕を組んだりして俯いているから起きているかどうか定かではない。

今日は天気もいいし、気持ちはわからなくもないけど。
でもそのおかげで一番後ろの席に座っている僕の席からでも先生の姿が全部見える。

それが嬉しい。

それにしても本当に皆寝ているのかな。

先生とノートを取る僕以外誰も身動ぎもしないから、まるで先生と二人きりでいるみたいだ。

顔を上げているのは僕だけだから、先生を見ていると目が合ってしまう。

それが恥ずかしくて、先生が板書しているとき以外は教科書に目を落とす。


「―――で、銀行資本と産業資本が融合した金融資本が国の経済から政治、外交までを動かし始めた。もうこうなっては自由経済とか自由競争とか言う資本主義の性格は影も形もないな。国内を支配した金融資本が次に何を求めるか。つまり帝国主義とは―――」


先生の声は不思議だ。

なんでだろう。低くて落ち着くのに落ち着かない。

ざわざわするのだ、なんだか。


「この植民地をめぐる対立によって帝国主義国は―――」


なんでだろう。こう、まるで・・・

だめだ、と思って考えを止めた瞬間にぱっと顔を上げてしまった。

急な動きにつられたのか、先生がふと黒板に半分向けていた顔をこちらに向けた。

言葉がふっと途切れ、先生と目が合う。

銀縁眼鏡の向こうの瞳は、特に特別な感情を浮かべていたわけではなかったけれど。

僕は目をそらせない。


キ〜ン コ〜ン カ〜ン コ〜ン


絶妙なタイミングで鳴ったチャイムの音が、とても遠く感じられた。

顔がすごく、熱かった。




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