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15.扉


「先生!」

2学期が始まって1週間。

僕は廊下を歩く滝沢先生に声をかけた。

しり込みする気持ちを無理やり引き立ててやっと出した声だったので勢いが付すぎて叫んでいるみたいだ。

・・・格好悪いなぁもう。

「・・・なんだ、館斐か。誰かと思った。」

先生も驚いている。

う・・・萎みそう。

そのまま回れ右して去りたい足を叱咤して、振り返った先生の前に立つ。

見上げると、先生が不思議そうな顔で見下ろしている。

当たり前か。

今まで先生に僕から声をかけたことなんてなかったし、そんな用も特にない。

でも、そんなふうに見られたら話しにくいじゃないですか・・・・・・

平常心平常心、と震える心臓を宥めながら先生を見上げる。

かっこいいなぁ。

「何かわからないところでもあった?」

目を合わせたきり固まっていた僕に、先生が首を傾げる。

いけない、ちゃんと話しかけなくちゃ。

「あの、僕、歴史が好きなんです。」

先生が好きな歴史が。なんて。

「そうか、」

突然自分を主張した僕に、先生が目を細め・・・口の端が上がった。

―――…笑った。

「館斐?」

はっと我に返る。

僕はまた呆けていたらしい。

「あ・・・えっと、それで、ですね。面白そうな本を、紹介して欲しいな、と思って・・・」

しどろもどろになってしまう。

他の先生たちとの会話は何の気負いもなくできるのに、やっぱり滝沢先生だと緊張してしまう。

そんな僕の様子をどう思ったのかはわからないが、先生は顎に人差し指を当てて、ちょっと横に視線をずらした。

「そうだな・・・どこら辺が面白いと思う?」

「え、と・・・西洋の古代史なんかも好きなんですけど、最近は中国の歴史の本を読んでます。歴代の皇帝の逸話とか面白いと思って・・・」

し、しまった・・・

と、思ったら赤くなった。

赤くなってから、これじゃ墓穴だ、とさらにショック。

先生はあたふたしだした僕を見て口元を押さえた。

口元に隠しきれない笑いが・・・

焦りながらもそんな先生が見れたことが嬉しかったりして。

「それなら面白い本がある。貸そうか。」

「え!?」

思ってもみないことだった。

というか、話しかけてからのことを考えてなかった・・・。

どんだけ猪突猛進なの、と心の中で自分に突っ込みを入れてしまったじゃないか。

「・・・いいんですか?」

つい窺うように見てしまう。

先生は口元を隠していた手を下ろして少し首を傾げた。

「だめだったら言ってない。」

「あ、そうか。」

ばか・・・

緊張しすぎて言動が馬鹿丸出しだ。

先生はまた少し笑って、

「放課後、準備室にいるから取りに来いよ。」

なんでもないことのように言った。

こんなに簡単なことなのか、と思う。

こんなになんでもないことだったんだ。

ちょっと感動してぼんやりと先生の後姿を見送っていると、

「紀!」

声とともに首に腕が回された。

そのまま力が入れられ―――

「く、苦しいって・・・ッ」

僕にこんなことをするのは一人しかいない。

「孝博ッ!」

離せ、と首を絞める腕を叩くと、少し緩んだ。

「みーちゃったー。」

耳元で笑いを含んだ声が小さく言った。

「な、なに・・・」

そうだ、孝博には知られているんだった・・・

「ついにアプローチ開始か? どうだ、手ごたえは。」

ひたすら楽しそうだ。

「知らないよッ、離せ!」

むっとして腕を振り払う。

からかうなと怒鳴ってやろうとして振り返った途端頭に手を載せられた。

ぽんぽんと叩かれる。

孝博は笑っていた。

柔らかく。

「頑張れよ。」

頭に載せられた手を気持ちよく感じた。

「・・・うん。」

「相談ならいつでも乗ってやるからな。」

「・・・うん。」

ありがとう、と笑みを返す。

「頑張るよ。」

孝博はいつもこうやって僕を支えてくれる。

何の見返りもなく、ただ自分の思うままに。

どんなに感謝してもしきれない。

孝博がいてくれて、よかった。

「なんてったって俺、経験豊富だからなぁ〜」

「え!? 孝博、そんなに・・・っ?」

「そう、いっぱい。お前、知らなかったろ。はっはっは、鈍いなぁ〜。俺の恋愛遍歴はすごいぜ?もてるからな〜。」

・・・・・・そういえば孝博、バ・・・バイ、なんだっけ。

それで経験豊富って事は・・・男とも、その、えっと・・・

「お? 真っ赤になって何想像してるんだ? なんだったら教えてやろうか。いざというときのっちまえるように」

「―――た、タカヒロッ!」

『のる』ってなんだ『のる』って!?

言うだけ言って笑いながら去っていく孝博を僕は真っ赤になって怒鳴ったのだった。


   *   *   *


放課後。

社会化準備室。

の、扉を前にして、僕は何度目かの深呼吸をした。

さっきから何度もノックするために腕を上げるのだが、その度に冷や汗が出てくるほど緊張して、下ろしてしまう。

その繰り返し。

こんなことしていてもどうしようもないということはわかっているのだが、いかんせんこの部屋に入れば先生と二人きりなのだ。

二人きり。

先生と。

そう考えただけで気が遠くなる。

普通に会話できるだろうか。

それが不安でたまらなく、僕を躊躇わせる。

でも、決めたんだ。

先生に近づこうと。

見ているだけじゃ何もわからない。

僕は先生のことをまだ何も知らない。

好きになるだけの要素しか。

もっと知ったらもっと好きになるかもしれない。

それに。

最初からだめなんて、決まってはいないのだから。

僕が先生に幸せになって欲しいと思う気持ちは偽りでも勘違いでもなく。

僕はもう一度深呼吸した。

そっと、2度。扉を叩く。

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな音しか出なかった。

でも、応える声があった。

「どうぞ。」

その声に少しだけ体が震えたけれど。

僕はゆっくりと扉を開けた。




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あきゅろす。
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