10.夏休み-3-
広島に来て12日目。
明後日にはもう帰る。
ここに来た最初の日に芳己さん(そう呼べと言われた)と会って以来、彼とは何度か会った。
彼は夜型の人間らしく、近くの浜辺で行われた花火大会や、ちょっとした遠出の帰り道などで偶然合う。
明るいところで見た芳己さんは綺麗なお兄さんといった感じで、声と同様あまり男っぽいタイプではない。
それでも僕と比べれば全然格好良くて憧れる。
背中まである明るい茶色の髪を後ろで縛ってバンダナを巻いているのがなんともきまっていると思う。
僕らは孝博も混ぜて会う度にいろいろと話をした。
僕たちの学校のこと、芳己さんの仕事のこと――彼の言うところによると『写真家の卵』らしい――部活のこと、今までした旅行のこと。
芳己さんは『若気の至り』を面白おかしく話してくれて、中には冗談にならないようなやばいこともあったけど孝博なんかは目を輝かして聞いていた。
でも、僕たちの誰も、恋愛のことを口にしない。
そういえば孝博からも今まで恋愛の話しとかは聞いたことがなかったけど、それは彼がバイだからだろうか?
人に言えない恋をしている僕。
たぶんそれを孝博もわかってくれているんだと思う。
二人きりのときも、誰かと話しているときも、その手の話は避けて通るのだ。
僕らはいつも他愛もない話で盛り上がる・・・。
* * *
夜。
今日は孝博は朝から海に出かけていって日が沈む直前まで浜辺にいた男の子たちと遊んでいた。
もともと面倒見がいい奴だから5さいから11歳ぐらいのその3人兄弟はすぐに孝博に懐いて4人で遊びまくっていた。
僕は時々それに引っ張り込まれたりしながら適当に浜辺を散策した。
壊れてない貝を探したり、岩場の奥まで行ってちょっとした洞窟のようなところ見つけたり、適当に日向ぼっこをしたり。
時刻は9時を過ぎたあたりか。孝博は早々に布団に入って寝てしまったので手持ち無沙汰で、僕はペンションを抜け出して例の浜辺に来ていた。
今日は満月が海面に移りこんで、海もそんなに暗くない。
夕方、帰り道で芳己さんに会って少し話をした。
彼は明日の朝には帰ってしまうらしい。
僕は結局、あの最初にあった日の最後の質問には答えなかった。
『君の恋は、頑張れないものなのか?』
先生。
先生の幸せ。
僕には先生を幸せにすることはできない。
―――本当に?
僕は男で、生徒で、10歳以上年が離れていて、子供で・・・
結婚もできない。
子供も産めない。
それにきっと不自然だ。
「・・・・・・・・・」
自分の腕を見る。
白くて、細い。
日に焼けても赤くなるだけだから、毎日外で過ごしているのに白いままだ。なんとも頼りない、子供の腕。
当然、女の子のような柔らかさもない。
―――先生の幸せって、どんなものなんだろう。
『愛してるよ』
『あのクラスで一度も寝ないで俺の授業聴いているのはお前だけだからな。』
『・・・馬鹿な女。』
『―――私はずっと歴史一本だったんですが、科学の世界も面白いものですね。・・・』
『ありがとう。』
先生の喜び。
先生の望み。
そういえば僕は先生のことを何も知らない。
最初から無理だと思っていた。
男の人だから。先生だから。
僕よりもずっと年上だったから。
『愛してるよ』
先生のあの囁きの向かう先、その人の愛は僕よりも強くて深いものなのかな。
僕は何も知らない。
知ろうともしなかった。
それは、懼れたからなのだろう。
自分が傷つくことを。
思わず口元が苦く歪む。
あんな風に偉そうに芳巳さんに言うなんて、自分が子供過ぎて嫌になる。
けれど、芳巳さんはそんな僕の言葉を聞いてくれた。そして、それが僕の願いだとわかったのだ。
「―――――2学期が始まったら、先生に少し話しかけてみようかな・・・」
話題は・・・そう、歴史の本。
何が好きか、何が面白いか。最初はそれを訊いてみよう―――
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