short (ss) 陽溜まり (サスサク、成り立てな2人) 何だかんだあって(そこの描写は用意しておりません…汗) 想いが通じ合った2人の、次の日。 まだ夢かと思っているようなサクラに偶然会った時の話。 ************** その公園は、火影塔から商店街までの通りとは一本隔てた裏通りにあった。 昔からその場所に位置する里の皆が知る憩いの場であり、復興の際にも忠実に再現されたという。 昼間は子供や母親が集い、明るい声で満ちる。 しかし夕刻の今時分では、子供たちは既に家路についたのか誰も見当たらなかった。 彼ら、以外は。 ほぼ同じ角度であるにも関わらず、夕陽は朝のそれとは大いに異なる特徴を持つ。 黄金を思わせる白々とした明るさというよりは、橙がかった紅。 その灯で以て、一日を終えて疲れを帯びたこの世を癒すように包み、帳を降ろしやがて来る夜を迎える手筈を整える。 差し伸びる光も、それに伴った鮮やかな陰影を浮き立たせるものだ。 隣に座ったこの人物のように。 「―――今日は…っ、夕方から、なの?」 足元の荷物に目を落としたまま、サクラは不自然な区切りを以て問いかけた。 その紙袋からは、植物の葉根や酒類が覗く。 よく見れば、干からびた爬虫類や得体の知れぬ獣の角もはみ出ている。 それを目の当たりにした時はさすがにサスケもぎょっとしたが、これも彼女にとっては慣れた事。 調合する薬の材料を買いに出た途中だと、先程彼女は言っていた。 己はと言えば。 これから俗世に浸かる為、つまり属する暗部の他言ならぬ任務へと向かう途中であった。 火影塔から行き来するのに、昼夜問わずこの通りをよく踏む。 時間によっては子供の声が耳に入り、穢れを知らぬそれと不浄な自分の対比が滑稽に感じる事も多々あった。 司令塔を後にした今日はそれでは無くて、代わりにこの彼女。 ほんの僅か数分前に、ばったり会った。 互いに声を交わし、急ぎでない事を確認し、取りあえずまあ、という形で園内のベンチへ腰かける。 口にこそ出さないが、自分も相手も心に在るのは『昨日の今日』という言葉だろう。 サクラの横顔が色付いて見えるのは、きっと夕陽の所為であろう。 俯いた唇から紡ぎだした先程の問いかけは、ずいぶんと不安定なリズムを刻む。 その表面は正しい薄紅色を保つも、薄らと乾いていた。 何故そんなに、緊張しすぎも甚だしい。 そんなに改まった態度で居られても、といささか不満にも思う。 先程から無言であった己とて、きっともう少し巧く出来るだろう。 そう巡らせて、相手に求めすぎないという、自分の中だけで昨日誓った件を思い出した。 思う通りには運ばないだろうが、出来る事から踏み出そうとする。 「…大抵は夕刻集合、夜間行動、明け方の帰還」 残念ながらそうでもなかった。 暗部の任務パターンなど、忍であればおよそ見当がつくはずであるのに。 しかもサクラは、火影室でよく誰彼の報告に立ち会っている。 何だこの単語の羅列は、と内心頭を抱えるが顔には出ないのが自分であった。 「…ふっ」 隣の小さな肩が震えた。 訝し気に視線を向けると、どうやら笑っているらしい。 互いの慣れない不器用さはきっと相殺されたのだろうが、次第に居心地が悪くなる。 これで解決にならない事は判っているのだが、顔を逸らす。 「ね。変な事、訊いてもいい?」 沈黙を守ったまま、おもむろに彼女に耳を傾ける。 視線だけでどうぞ、と伝える。 「何で、私を選んでくれたの?…っていうか、本当に私でよかったのかなって…」 変な事というよりは、不変的な事を云う。 彼女は昨日と同じ事を云う。 一日経つと忘れてしまうというわけではなく、恐らく再確認といった意味合いであろう。 そこら辺は適当でいいじゃないか、と思うが。 結果が良ければ総て良しなどという、いい加減な思考は以ての外ということか。 つくづく女の思考は厄介である。 私の何処が好きなの、という質問。 向けた視線を再び外して、反対側の遠くの木々へ向けた。 「……さあな」 「…えっ、さあなって…!」 予測通りの範疇で、サクラが素っ頓狂な声を上げた。 それに応えてやれる程の器が未だ備わっていなかった事くらい悟っておいて欲しいとは思うが。 慎重に言葉を選ぼうと努力し始める。 誰にも明かさないままで此処まで来てしまった、この固く冷たい本心を伝えるために。 正直な事は、未だ云えていない。 何せ、昨日の今日なのだ。 取りあえず此処で生きていくと決めた。 その己の隣で、共に歩んでいて欲しい存在というごくシンプルな理由。 そこまで伝えるのはさすがに性急だろうと思考が及び、言葉にはしていない。 相手は自分とは異なる思考を持つ異性、しかもサクラだ。 それ以前に、自分でもやや混乱している。 そうは言っても、自分はいつまで経っても言葉の足りぬ不器用な人間だった。 道筋立てない内は、保証の持てぬ事など口走るべきではない。 そうでなくてもこれまでの己の不甲斐ない所為で、彼女は傷だらけであるのに。 「一番、天辺まで登ってきたからじゃねえか?」 口に乗せながら、おかしなことを言う、と思った。 すかさず彼女は問う。 「てっぺん、て?」 その心は。 馬鹿じゃないのか、と自分で呆れた。 「……オレ」 いや、馬鹿に為れたのかも知れない。 これをそう呼ぶのなら、これまでなりたくても為れなかったものだ。 こうなるまでに遠回りをし、随分時間が掛かったと思うしかない。 やはりというか、サクラの表情は呆けたように固まり、すぐにほぐれたように笑った。 「……言うわね、でもその通りよ。サスケくんまで届くの、大変だった」 そう言いながら、空を見上げる。 同じようにサスケも夕焼けの空を見上げた。 彼女の視線を受けるのは、果たしてどの雲かと考えてみる。 無数のそれの中で、彼女の後を追うのは決して容易では無かった。 「……何度も懲りずに、な」 「そりゃそうよ。そのてっぺんに、サスケくんみたいな素敵な人が待ってると聞けば誰だって、ね」 少しはいつもの調子を取り戻したのか、サクラは本当に嬉しそうな笑みを向けてくれる。 そうしてくれることが、少なからず安堵をもたらしていた。 「はぁ…そうですか。よくもまぁ、こんなくだらねぇのに」 「どうして?」 「蓋開けてがっかりしたろ」 下忍時代も随分と冷たい態度を取ったものだ。 素敵、だとかそういう表現はよく判らないが、自分には当て嵌まるとも思えない。 これまでも日頃から考えているように、自分を卑下する。 「どうして?がっかり級ならきっと、アカデミー時代から追いかけてなかったわ」 「―――――じゃあ、道を違えた時は」 不意に彼女が黙る。 自ずと思い起こすのだろう、別れを告げ、背を向けたあの幼い日を。 少しだけ本心、訊きたかった事を出した。 脅してしまったのかも知れない、と小さく悔やんだが、いつかは明白にさせようと憂いていた事だ。 構わずに続ける。 「ここから離れた時は」 「――――私が、ナルトが。みんなが何とかするって決めた」 言葉を切って、サクラは小さく息を吐く。 当時の覚悟が伺えた。 当時から独りではなかった事を突きつけられる。 サスケは、こみ上げる何かを隠すように、わざと粗雑な声色を演じる。 「随分いい加減なプランだったんだな」 「心配掛けてくれた、誰かさんのおかげで」 「おかげさまで…」 此処にいる。 感化されたのか、何なのかは、まだ計りかねている。 「此の場所が、生きる場所だと認識した、ってことで…」 だから、おまえを選んだ。 …などという、おこがましい事を口にするつもりはない。 きっと少しずつでいい、隙間から零れるくらいでいい。 以前とは変わった、己の導き出した答という生き方を知っていって貰えたらいい。 それと共に、傍で一緒に歩いて欲しいという意図もいつか伝わればいい。 「ずっと前からそうだったのにね」 「疑り深い性格であることは知ってるだろ」 「慎重派とも言うわね」 同じ調子で言葉を重ねる彼女に、強張っていた何かが解きほぐされる感覚を覚えた。 ここに居ていいよ。 誰かに言って欲しかったのかも知れない。 他人から再確認したかったのかも知れない。 相変わらず、弱い部分である闇を隠し通す性格である。 話題を変えようとして、独り言を漏らした。 「何で負けちまったかな…」 「何のこと?」 「いや、勝ったことには勝ったのか」 数年前は考えられなかった。 他人を拠り所にするのは、弱い人間のする事だと思っていた。 何も判っていなかった。 他人を知ろうとしなかった。 いつも本当の自分を隠して。 「こっちの事だ」 結果として、回り廻った結果としてこの少女に落とされたこと。 稚拙な考え方であるが、それでも結果的に好敵手であるナルトには勝ったこと。 「…ふぅん」 この幼稚な独り事から推測したわけでは、まさか無いだろう。 だが、サクラはいかにも嬉しそうな表情を浮かべていた。 「そんなサスケくんも、大好き」 「……」 改めて感じる、自惚れてもいいのだろうか。 この子の幸福そうな笑顔は、確かに己によるものであると。 ふいっと顔を逸らせたのはいつもの悪い癖。 「ウザかった?」 すぐにサクラは覗き込んできた。 だがその声色は弾んだものである。 見透かされている、敵わない部分があることは素直に認められよう。 「まだ、慣れない…」 「そのうち慣れるの?」 悪足掻きのように口許を手で隠して、渋々答えれば更なる問いが畳み掛けられる。 「さぁ…」 サクラにしてみれば、この程度で戸惑ってもらっては困る、とでも言いたいのだろう。 この先幾多の難門が待ち構えているというのに。 勿論、いわゆる恋人としての一般論ではあるが。 それは判っているが、そこまで器用に出来ていないのが、この自分だった。 「私ね、すっごく嬉しいの。サスケくんがほんの少しでも心を開いてくれた事が」 心配せずとも、彼女は理解してくれている。 そう考えることさえも贅沢だと感じた。 ゆっくりすぎるこの歩調に、嬉々として合わせてくれる。 伝えなければならない事は、口に出して初めて相手に届く。 言葉が足りない故に、彼女だけは自分の元から離れることは有るまい、とは言い切れない。 肝に銘じ、そうは言っても求めすぎず、任せ過ぎずを実践していくのみである。 「いつも誰かに話しちゃいたいくらい」 「……てことは、まだこの口は蓋されているという事か」 相変わらず理論だけで物事を進めようとするのは、どうかと思う。 自分とは正反対のサクラの弾んだ様子から、もっと肩の力を抜くべきだろうと学ぶ。 ただ、言うは易く行うは難し。 「え、知られちゃってもいいの?」 「馬鹿言え」 冗談交じりにサクラは笑った。 男としては暫く伏せておきたいのだが、この分だと、彼女の女友達の耳に入るのは時間の問題であろう。 「ふふ。でも、私は本当に嬉しいの」 「下手な事言うなよ」 尚も釘を刺そうとするサスケに対して、いささかの不満を持ったようである。 無理もないだろうが、そこは何とか堪えて欲しい所というのが正直な気持ち。 「じゃあ、声には出さないで、里中をプラカード持って歩こうかな。私がサスケくんの彼女です、って」 「ご苦労な工作で」 「止めたって無駄よ、知らない内に完成させちゃうんだから」 「歩いてたら全力で阻止してやる」 「何だぁ、結局付いてくるんじゃない」 けらけらと彼女が笑った。 真意は伝わっていたようである。 何故、サクラが必要だったか、共に生きて行こうと思ったか。 冗談を言い合うことさえ、幸福だと思った。 そこそこの出来のプラカードを持つ手を掴んで言い合いをする、そんな光景が不意に想像出来て肩の力が抜ける。 顔を覆って大袈裟に溜息をついてみる、だがその下の口端は上がっていた。 陽溜まり。 そんなものは、最も縁がないと思っていた。 最愛の家族や一族を失った時、まだたったの7歳であった。 世界の中心や物事の善悪の判断は全て、両親や兄に倣うだろう余りにも幼い齢である。 前触れもなく突然、数奇な運命に放りこまれた時。 感情や表情といった、人間的なものは全て棄てた。 棄てたというより、過去の幸せだった時間の中に置いて来てしまった。 同時に、のうのうと命を繋いだ己だけが幸せになれるとも思えなかった。 なってはいけない、とさえ思っていた。 このまま一人で、孤独で居る事こそが自分の生きる道だとも信じていた。 何故なら、兄は更なる地獄に身を投じたのだから。 兄と再会し、全てを知った後でもその思慮は継続していた。 もう、総て忘れてしまったのだから。 大切なものを持てば、また失うことを恐れる。 心の奥底の闇に再び触れなければならぬのならばいっそ、独りでいる方が賢明である。 もう二度と、手離してしまう事の無いように。 そう思っていたのに。 「どうしたの」 陽が、揺らめいた。 翡翠の瞳が眩しそうに光を反射させる。 気付かないうちに、先程から時間は確かに経っていて日は決まった傾斜を示していた。 おもむろに頭の位置を少し傾けて、彼女に直射せぬように影を作る。 逆光に位置する己の顔は、どんな表情であるのだろう。 「やさしいね」 「…どこが」 優しい、などという例えからは180度かけ離れている、それが正に自分だと自覚している。 「サスケくん、自分では気づいてないだけだよ。きっと、私だけが知ってるの」 「…へぇ、他人に分析されるとはな」 「他人とか…」 云わないで。 そんな寂しい事は口にしてくれるな、と全身で訴えているのが判る。 サクラの表情が寂しげに歪む。 少しだけたじろいだ。 そんな温度に触れていい価値を持つ人間では、無かったはずなのに。 言葉を探して、言い直そうとする。 「…自分じゃない人間」 「ああそう、他人ですよ」 不器用な気を利かせて、せっかく言い直したのに。 彼女は不服そうに斜め下に俯く。 意図は何となく判る。 恋人、とかそういう単語で呼べという事だろう。 だが、何処か面はゆい感は否めない。 これまでずっとそうだったのだから、もしかしたらこの先ずっとかも知れない。 特に意味を持たない溜息をひとつ。 「知り合い、よりは近い」 おそらくフォローにもなり得ぬ補足をする。 だが効果はてき面であったようだ。 もういいよ、とサクラが笑った。 まるでタンポポの種綿のように、ふわふわと何かが飛んできそうな笑顔を前にして。 不覚にも、かなりぎこちなくつられてしまったらしい。 何故か、途端にサクラの表情が歪んだ。 「…んだよ、人の顔見て…」 「ちがうの…サスケくんが」 再び、満開となる。 この愚考を、反転させてくれた鍵たる存在の笑顔。 「わらった」 一時は怪訝に眉を寄せたが、また呆けたように返り咲く。 その、至極単純な理由に。 オレは、笑う事が出来る。 それは、他ならぬ彼女がもたらしたもの。 おそらく独りでは無理であっただろう、一緒に再び、取り戻してくれたもの。 それだけの事が。 出来ないと思っていた。 必要無いとさえ、決めつけていた。 復讐に取りつかれていた自分は、さながら、動く人形。 錆びついた四肢を突き動かすのは、怨恨。 抱く感情は、憎悪。 信じられるものは、己のみ。 盲目同然であった視界を拓けさせ、我が道の軌道を歪曲させ正したのは。 許された、と思えた。 幸せになってもいいと教えてくれた。 ぬくもりの通った、手のひら。 その手の持ち主へと、この腕を伸ばしたのは、きっと無意識。 「…あっ」 このこっぱずかしい顔を見られてなるものかと思ったのは勿論だが、きっと理由はそれだけではなかった。 気付けば、宝物のように抱き寄せていた。 腕の中に、胸に、暖かな陽だまりが満ちる。 暗部装束の背にも腕が回された。 始めは遠慮がちに、徐々に意思を持って。 自然な流れに身を任せる、というのは如何なる現象か。 考えたこともなかったが、思慮など不要である事なのかと探る。 彼女までの間を空けると、これまでにない至近距離で翡翠の瞳が瞬いた。 少しの疑いもなく見上げるその瞳に、徐に唇を落とす。 余計な思考は、重荷としかなり得ない。 今ばかりは、己を客観視せぬよう、心の目を閉じた。 もう一度、見つめ合って。 これまで他人に見られて、不快な思いをしない事は無かった。 だが、これはそのような記憶とは一切別次元のものであることも、今更初めて知る。 緞帳が翡翠を隠すように、瞼が降りてくる。 顔を少し傾斜させて、再び距離を詰めた。 その時。 遠くで、複数の子供の声がした。 慌てて身体を離す。 反射的に、自分の方から人間一人分の間を開ける。 サクラの方も息を止めて居住まいを正す。 やがて、無邪気な邪魔者たちは罪のない笑顔を張り付け、走りながら公園に入ってきた。 「……そろそろ、行く」 集合までには余裕の有りすぎる時刻である。 不自然に取られるだろうかと横の存在をちらりと見遣ると、両ひざに両こぶしを乗せて肩を強張らせたままで俯いている。 その頬は染まっていた。 無理もない。 かく云う自分の方こそ、気を抜けばらしくなく赤面し声を上擦らせてしまう事だろう。 持って生まれ、これまでに培った「感情を抑える技量」と気合いで平静を装った。 早い話、とてもこの場に居られなくなったのである。 「う…、うん。またね」 ベンチから立ち上がると同時に、彼女が上擦ったような声で言った。 同じ反応でよかった、と思う。 顔だけ半分向けて見下ろすと、サクラは頬を染めてへにゃっとした笑みを向けていた。 これから任務など、無ければよかったのに。 いや、あるからこそ。 さあこれから続きを、と言われてもとても難儀な課題である。 多分、恐らく、きっと。 日の入りの暗闇から始まる過酷な任務よりも、ずっと。 それでも、真っ直ぐに向き合うと決めた。 彼女なら。 追う側に立つのも悪くないと思えた。 人生最大の紆余曲折を晒し、受け止め引き上げてくれた彼女だからこそ。 大切にしようと思った。 幸せになって欲しい、とも。 ならば、己が。 もう二度と、手離さないように。 ****** 2013.4.22 [*前へ][次へ#] [戻る] |