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butterfly effect
▼flutter・7
「あっちーな・・・」



つい最近、夏の終わりを感じたというのに妙にベタつく空気が気分悪い。



「ったく、世間はどんどん薄着になってんのに俺たちの隊服ときたらこんなにカッチリ・・・」



乱暴に自販機のボタンを押すと、ガシャンと音を立てて乱暴に缶コーヒーが落ちてきた。

そんなことに、少し腹が立った。



「チッ」



このベタつく空気のせいだ。



「十四郎さん、」



耳のすぐ側で聞こえる声は、一瞬錯覚を起こす。



「なんだよ」



声の主が萌だと解り、溜め息こそ吐かないが一瞬の錯覚に恥を覚える。

今までに、一度でもアイツの声はおろか、気配すら感じたことはない。
勝手にあの世へ行っちまって、それきりだ。
夢の中にさえ出てきやしねェ。

それなのに、萌に呼ばれる度に錯覚してしまうのは何故だ。



「十四郎さん?」



分かった。


萌が、俺を"十四郎さん"と呼ぶからだ。


胸が、キュッと締め付けられるような感覚になるのも、妙に昔を思い出すのも、萌が"十四郎さん"と呼ぶからだ。



「十四郎さん、携帯」

「あァ、そうか」



萌に言われて、携帯電話を取り出す。

萌は、今、見えていない状態だから俺が独り言を言ってるように見えない為に携帯を使う。
誰かと電話してるように見せる為のダミー。



「暑いですね」

「あァ、」

「・・・」

「・・・」



なぜ、黙る?
携帯片手に黙り込んでいたらおかしいじゃねェか。



「お前よォ、」

「はい」

「何しに来たんだよ」

「十四郎さんに会いに、なんて」

「見えてもねェのに」



そう言うと、萌は耳元でクスクス笑った。
笑い声が、くすぐったい。


遊廓以外の女と触れ合うのは、いつぶりだろう。
いや、正確には触れ合っちゃいねェし、萌が"以外の女"に入るのかは分からねェが。



「彼氏、会えたのかよ?」

「・・・」

「気付いてくれねェのか?」

「十四郎さんとは、こんなにお話しできるのに、ね」



何で、気付かねェんだ?
萌は、こんなに近くに居るだろうが。
こんなに、気配を感じるだろうが。
きっと、忍びにはなれねェ。


早く気付いてやれよ。



「あっちィな・・・」

「最初に言ってましたよ?」

「そうか?」

「はい」



萌は、また耳元で笑った。

くすぐってェなァ。



「萌、後で俺の部屋に来いよ」

「?」

「いいから来いよ」



何だか、変な会話だな。
デートにでも誘ってるみたいだ。



「はい」



萌が返事をすると、それまで俺を取り巻いていた気配が消えた。
残ったのは、ベタつく空気だけ。

ダミーの携帯を胸ポケットに仕舞って、代わりに煙草とライターを取り出した。







「こんばんは、お邪魔して大丈夫ですか?」

「あァ、大丈夫だ」

「では、失礼します」

「・・・おい」



声もするし、気配もする。
確かにそこに萌は居る。



「姿を見せろ」



外じゃねェんだから。



「あ、でも、誰かに見られたら・・・」

「こんな時間に誰も来やしねェよ」

「そっか、では」

萌は最初はぼんやりと、徐々にその姿を現した。
まるで、CGだ。
ゴーストかぶき町の幻にも、散々あったシーンだ。



「よォ」

「こんばんは、十四郎さん」

「明日、」

そう言って、煙草を取り出して火を点けた。



「彼氏の様子、見に行こうぜ」

「・・・」

「どの辺に行けば、会えるんだ?」

「・・・」



萌は、黙ってしまった。
何か、気に障ることでも言ったのか。
いや、彼氏に会うかって話しかしていない。



「どうした?」

「行っても、気づいてくれません」

「それは、」

「私、毎日、彼の傍に行ってます!でも・・・」

「萌、」

「どうして!十四郎さんとは、こんなにお話出来るのに!!」



萌は、少し取り乱していた。

萌の人生に全く関係のない俺とは話せて、彼氏とは話せない。

皮肉だな。

萌の気持ちは、痛いほど分かった。
俺も、同じだから。

萌のことは、こんなに近くに感じるのに。
アイツなんて。



「萌、」



萌の頭をポンポンと撫でてやる。



「俺に任せろ、萌」

「十四郎さん、」

「俺が、彼氏と話をさせてやる」



俺は、きっともうアイツと会うことはない。
萌のように、会いに来ることもねェだろう。


俺は、きっとアイツに愛想を尽かされたんだ。
先の無ェ女の幸せを奪ったんだ。
総悟の言う通り、待ってやれば良かったのかもしれない。


だから、せめて。

萌、お前は幸せな気持ちのままであの世へ行け。

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