butterfly effect
▼flutter・6
萌と名乗る女は「実は・・・」と、話し始めた。
「待て!待て、待て、待て!!」
勝手に、話し始めてんじゃねェよ。
いや、何のご用でしょうかと聞いたのは俺だが。
心の準備が出来てねェんだよ。
つーか、どんな準備すりゃァいいんだ?
幽霊の話を聞く際の心構え、なんて存在すんのか。
とりあえず、落ち着け、俺。
煙草を一本取り出して、火を点ける。
深呼吸するように、煙を出す。
「あの・・・」
「あ、あァ、俺は大丈夫だ」
「は?」
心の中の葛藤と、現実をごっちゃにして返事してしまった。
萌と名乗る女は、小首を傾げてこちらを見ている。
「いや、何でもねェ。話を続けてくれ」
「えと・・・まだ何も話していませんけど」
「あ、あァ、そうか。んじゃ話せよ」
「はい」
そう言って萌と名乗る女は、俺のまん前に摺り寄って正座した。
「・・・近くね?」
「でも、部屋の端と端では遠すぎますよ?」
そう。
怖さの余り、萌と名乗る女から距離を置いていた。
「大丈夫だ、俺は耳がいい」
俺は、また部屋の端に移動した。
幽霊と至近距離でツラを合わせて会話できるか!!
今の、この状況だって信じられないのに。
「分かりました」
女は、伏し目がちに話し始めた。
「つまり、付き合っていた彼氏に会いてェってんだな?」
「はい」
「だったら、行きゃァいいじゃねェか」
「どういう訳か、彼の所には行けないんです。彼はアナタみたいに、こういう事に敏感じゃないのかもしれないです」
こういう事に敏感って、なんだよ。
嬉しくねェんだよ。
「アナタには迷惑はかけません。彼に少しだけ気づいてもらえるようにお手伝いして頂きたいだけです」
「お手伝いって・・・何でもいいけどよ、ささっと終わらせて早いとこ成仏して消えてくれや」
あ・・・
ちょっと、口が悪かったか。
萌と名乗る女の顔が、一瞬曇った。
「悪ィ・・・言い過ぎた。とにかくよ、」
「いいえ、アナタ優しい人ですね」
「あン?」
俺が、眉間に皺を寄せて萌と名乗る女を見ると「優しいですね」と言って笑った。
「そうかよ。それよりよ、アナタってやめてくれよ。俺は土方十四郎ってんだ」
「はい、十四郎さん」
十四郎さん、
十四郎さん、か。
十四郎さんと呼ばれてアイツの顔が過るのは、コイツが幽霊だからだ。
深い意味は、ない。
萌は、俺を十四郎さんと呼んで。
俺は、萌を萌と呼んだ。
それだけのこと、だ。
「宜しくお願いします、十四郎さん」
自分で言うのも情けないが、あんなにビビっていたのに。
「あァ、萌」
俺は、幽霊に微笑した。
「ところでよ、」
「はい?」
「おめェの姿は、俺にしか見えねェのかよ?」
「時と場合によります」
「あン?!」
「もし、今、誰かに見られたら都合悪いですよね?」
確かに、部屋に女を連れ込んでいると見られちまう。
「そういうコトです」
「便利だなァ、お前」
夏の終わりの風が、部屋を通り抜ける。
こうして、俺と幽霊との奇妙な同居生活が始まった。
萌は、
微笑っていた。
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