butterfly effect
▼flutter・9
「十四郎さん、」
その声は、確実に俺の中の何かを動かそうとしていた。
ゆっくりと、とろりと。
「女性、」
「あ?」
「電話の相手は、女性だと思われているんでしょうね」
他人(ひと)は、誰かのプライベートを面白おかしく言うのが好きだ。
だから、毎日くだらないワイドショーがテレビを独占する。
「まー、違わねェな」
そう言って、煙草に火を点けると萌は「そうですね」と笑った。
そんな萌を見て、俺も微笑う。
「明日、」
「はい?」
「明日、街に行ってみるか?」
霊感、というものが強いらしい俺が彼氏の傍をウロつけば、何か切欠くらいにはなるかもしれない。
「彼氏に、会いに行こうぜ」
「・・・」
「どうした?」
萌は、俯いて「でも、気づいてくれるか」と細い声で言った。
「気づかなきゃ、次の手を考えりゃいいだろ」
その次も、その次も、その次も、いくらだって時間はある。
なんだって出来るだろ。
「イラつくんだよ、」
溜め息と共に口をついて出た言葉は、萌を傷付けるような言葉だった。
お前が、逢いてェんじゃねェのかよ。
「逢いてェんだろ?」
イラつくんだよ。
俺が、俺に。
胸の高鳴りも、お前の声も。
こんな事はさっさと終わらせて、早く居なくなって欲しい。
でないと、おかしくなりそうだ。
「言っただろ?」
萌の頭をポンポンと撫でると、顔を上げた。
「俺が、彼氏と話をさせてやるって」
違う。
もう、とっくにおかしくなっているのかもしれない。
萌の笑顔に、眩暈を覚えている。
だから、早く終わらせたかったんだ。
萌と逢う度に、アイツを重ね合わせている自分に気付いてしまったから。
頭では、理解している。
萌は、アイツじゃない。
流れる紫煙を眺めながら、想いを巡らす。
俺は、どうしたかった?
過去を、悔いても仕方が無いのは分かっている。
アイツの人生の長さは、元々決まっていたんだ。
その中で、俺はアイツに何をしてやれた?
アイツの短い人生の中に、俺は刻まれているのか?
「今さらだな、」
目を細めて萌を見ると、萌は小首を傾げて「十四郎さん?」と言った。
「なんでもねェよ」
「気にするな」と言って、俺は煙草を押し消した。
「明日は駅で待ち合わせだな」
「お仕事はいいんですか?」
「非番だ」
萌の胸まである艶々した髪に手を伸ばした。
萌は、それを咎めない。
俺は、無意識に萌に触れていた。
「明日は、姿見せろよ」
クスクスと笑って萌は「はい」と返事をした。
「妙な会話だな」
そう言って、俺は萌の髪から手を離した。
指先を滑る髪から、甘い匂いがしてクラクラした。
俺は。
何を想い出して、何に胸を熱くしているんだ。
自分で、自分が分からない。
いくら、思いを巡らせても行き着く場所はいつも同じで。
"萌は、アイツじゃない"
俺は、その先に進めなくなっていた。
キザな言い方をすれば、大切な想い出に鍵をかけて胸の内にしまっている。
だけど、それは。
その想い出は、俺の都合のいいように美化されたままで。
俺は、想い出に背いていたんだ。
「萌、俺は・・・」
俺には・・・
「いや、何でもない」
「十四郎さん?」
「もし・・・」と、萌は俺の手を取った。
「明日、気づいてもらえなかったら終わりにします」
萌は、微笑って言った。
「終わり?」
心臓がドクンと音を立てた。
「終わりってナンだよ?」
「明日、気づいてくれなかったら・・・永遠に気づいてもらえない」
「生憎だが、俺は何事も中途半端にするのが嫌いなんだ」
「でも、」
萌の目は、ゆらゆらと揺れていた。
「きゃっ」
俺は、萌を抱きしめていた。
[*前へ]
[戻る]
無料HPエムペ!