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月の雫 太陽の欠片
*プロローグ
萌、

お前は、俺の心の中を散々引っ掻き回して通り過ぎて行ってしまった。


今でも、

目を閉じると、浮かぶんだ。

お前の、笑っているような泣いているような顔が。



月の雫
 太陽の欠片




今朝は、この冬一番の寒さだと結野アナが言っていた。
予報通りの寒さに、キュッと肩を竦めて歩く。

萌が、俺の前から居なくなって三度目の冬が来た。

萌は冬が嫌いだった。

あの日も俺たちは、こんな風に肩を竦めて歩いた。



「トーシロ、カイロみたいで暖かい」



今でも、すぐ近くで萌の声がするようで時々、俺の心を締め付けるんだ。


きっと、萌は俺を許してくれない。

あの頃の俺に、勇気があったら。
あの頃の俺が、萌を愛していたら。

萌を傷つけずに済んだのか。

今更だけど。


俺はポケットに手を突っ込み、強く吹き付ける北風に肩を竦めて歩いた。







運命と言ってしまうには、大袈裟かもしれない。

俺が、萌の通う学校に赴任してきた。

これが、運命。



「トーシロ」



萌が、俺をそう呼ぶようになったのは、赴任して1ヶ月くらい経った時だった。



「土方なんだけど?」

「だって、ヒジカタセンセイって呼びにくいんだもーん」

「どこがだよ!」



だけど、

何だかチョット嬉しかった。
同じくらい、恥ずかしかったけど。
これを"くすぐったい"と言うのか。

萌は、ヒラヒラと手を振った。
俺は、暫く萌を目で追っていた。

教師として愛称は、どうかとも思うが生徒から嫌われてしまうよりはいいだろう。

楽しく、無難に。

そうやって時間が過ぎるのを待っている。
必要最低限のことをしてやり過ごす。
波瀾万丈な人生なんて、いらない。
小さな小舟が転覆することなく、波に揺られていればいい。

そんな生き方が、俺には似合っている。

なのに、どうしてだろう。

萌は、とてもキラキラして見えたんだ。

そう。

俺を救う、女神のように。







俺は、いわゆる臨時教師だ。



「土方十四郎です。三学期の間だけど・・・宜しく」



それだけ言って俺は、軽く会釈した。
クラスの雰囲気は悪くなさそうだった。



「では、出席をとります」



俺は、約30名の出席簿を開いた。

そして、愕然とする。

今時の名前が読めない!!



(読めねー!)



「えっと・・・?」



俺は苗字を呼んだ後、いちいち苦笑いをして生徒を見た。

名前を教えて貰い、出席簿にフリガナをふった。

出席をとるのに、どれだけ時間を費やしただろうか。
やっと最後の女子まで辿り着いた。
そして、同じ様に苦笑いをして最後の女子を見た。



「モエだよ」

「モエさんね。オッケー」



(モエ・・・っと)



「えっと・・・じゃあ、宜しく」



出席をとるだけで、あんなに時間を食うなんて先が思いやられそうだ。







(疲れた・・・)



校門を一歩出ると、それまでの緊張が一気に解れて代わりに疲労感が重くのし掛かった。



「先生!」



振り返ると、一人の女子生徒が小走りで寄ってきた。



(えっと・・・この子の名前は・・・)



そうだ。
やっと辿り着いた30人目の子だ。



「井上さん。今、帰り?」

「先生も?私は部活だったの」

「そう、お疲れさん」



俺たちは、最寄り駅まで並んで歩いた。
駅までの道のりには、食堂やファストフード店が並んでいて、たまに寄り道をするのだと話していた。

あまり興味は無かったが、邪険にするわけにもいかないので黙って聞いていた。


駅に着くと、電車は出発したばかりだった。



「行っちゃったな」

「ね」

「ツイてねェな」

「ね」



俺は自販機で缶コーヒーを買って、空いているベンチを探した。



「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」



萌は、缶コーヒーを握って手を暖める仕草をした。



「出席、苦労していましたね」

「あー・・・」

「読めないですよね?でも先生の十四郎さん・・・」

「俺は、十四番目の子供だから」

「え?」

「ウソだよ」



萌の横顔はとても綺麗で、長い睫が印象的だった。


暫くして、ホームに電車到着のアナウンスが流れた。



「あ、来た。先生は?」

「俺は、反対」

「そっか、じゃあ、さようなら」

「あァ」

「ごちそうさまでした」

「気をつけて帰ェれよ」



萌は手を振って、電車に乗り込んだ。


電車を見送ると、俺は残りのコーヒーを飲み干した。


萌は、よく笑う子だった。
その笑い声がやけに心地よかった。
アニメで夜空に星が流れていくような、そんな笑い声だった。

そして俺は、そんな萌の笑顔が好きだったんだ。

きっと。

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