キミのためにできること ▼一つの真実 「おー、トシ。ちょっと話があるから、俺の部屋に来てくれ」 俺の隣で、萌は近藤さんを見て頬を染めた。 胸が、痛い。 「萌ちゃん。悪いんだけど、お茶を三人分お願い出来るかな?」 萌は、とびきりの笑顔で返事をすると台所へ向かった。 「萌ちゃんとは、どうだ?」 「・・・」 何も知らずに、俺の肩に手を置いた近藤さんに少しだけ腹が立った。 「別に、何も変わらねェよ!」 「・・・トシ?」 八つ当たり。 近藤さんは、何も悪くないのに思わず声を荒げてしまった。 「・・・悪ィ、」 「トシ?」 近藤さんは、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。 ▽ 「近藤さん、改まって話って何ですかィ?」 「実はな、武州に行こうと思ってな」 どこぞの異星(いこく)からお偉いさんが来るらしく、その護衛の為の隊士を募りに行くらしい。 「どうせ、どっかのバカ皇子と変わりゃしねェでさァ」 「そう言うな総悟。お前はもう少しオブラートに包む事を覚えなさい」 「俺は、根っからの正直者なんでさァ」 「失礼します」と、襖越しに萌の声がした。 「お茶をお持ちしました」 襖が開いて、萌がお茶を一人一人の前に置いた。 「で、武州にはいつから行くんですかィ?」 「そうだなァ、明後日には行きたいところだな」 「あの、」 俺たちは、一斉に萌を見た。 「ん、どうした?」 「あの、お供は要りますか?」 「何ですかィ?」 萌は、総悟を通り越して近藤さんだけを見ていた。 「私も、一緒に連れて行って下さい。近藤さんのお役に立ちたいんです」 「萌、どうしたんでさァ?」 目の前が、歪んだ。 次第に、萌の声が遠退く。 聞きたくないことは、聞かないつもりか。 ずいぶん都合がいい耳だな。 「萌ちゃん、落ち着いて」 「近藤さんのお側に・・・居たい、です」 近藤さんは、オロオロして萌に駆け寄って俺の顔を見た。 「私・・・わた、し・・・」 俺は、呆然と萌を見ていた。 「トシ・・・一体、どういう事だ?」 「・・・」 近藤さんは、とにかく落ち着けと萌の肩を撫でた。 「すいません、私」 「落ち着いた?」 萌は、コクリと頷いて近藤さんを見た。 「萌ちゃんが真選組の為に尽くしてくれるのは、とても嬉しいよ」 「私、近藤さんのお側に・・・」 「俺、前に真実を知って欲しいと言ったよね?真実は一つだと、」 それは、萌が入院していた時の話だ。 近藤さんが、萌に俺を会わせた時に言ったことだ。 「はい、覚えています」 「あの話には、もう一つ大切なことがあるんだ」 「大切なこと・・・」 「うん、それは萌ちゃんが自分で確かめることなんだ」 萌の瞳から、涙が零れ落ちる。 「萌ちゃん、俺の留守中も真選組を頼むよ」 「・・・は、い」 萌は、頭を下げて部屋を後にした。 「トシ、追わないのか?」 俺は、萌の置いた湯呑みを見つめるだけだった。 萌が部屋を出て、どの位の時間が経ったか。 湯呑から湯気は消えていた。 その間に、近藤さんは何度「トシ」と呼んだだろうか。 俺は萌のことが好きで、萌は近藤さんに惚れていて。 萌は、近藤さんの傍に居たいと申し出た。 当たり前のことだ。 好きな相手と一緒に居たいと思うのに、何ら問題はない。 俺に、それを止める権利なんてありはしない。 「近藤さん・・・」 「トシ、萌ちゃんのこと・・・」 「萌は、あんたに惚れてるんだ。もう、俺にはどうすることもできねェよ」 「トシ・・・」 本当は、そうじゃなくて。 何も考えずに、何も躊躇わずに、萌を抱きしめたい。 例え、萌が近藤さんに惚れていると分かっていても、このまま気持ちを押し殺すことは簡単じゃない。 真選組なんて放り投げて萌をかっさらって、どこかへ逃げ出したい。 誰も、俺たちのことを知らないどこかへ。 けど、そんなことが出来る訳がない。 俺は、土方十四郎だ。 真選組副長、土方十四郎なんだ。 「トシ、萌ちゃんには真実が伝わるはずだ」 「真実・・・」 「真実は一つだ。たった一つなんだよ、トシ。迷うな!」 真実。 俺と、萌を結ぶ真実。 俺たちは、確かに愛し合っていたんだ。 「萌・・・」 俺は、萌を愛しているんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |