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キミのためにできること
▼その涙を
「あーあ、行っちゃった・・・」



萌は、大きめの声で言った。

俺は、煙草を一本取り出した。



「土方さんは・・・イチゴ、好きですか」



イチゴ柄のライターで火を点けて「まァな」とだけ答えた。

俺がイチゴが好きだとか、そんなことはどうでもよくて、とにかく何か話したかったのだろう。



「私もイチゴ、大好きです」

「そうか」



会話は続く訳も無く、妙な沈黙に包まれる。

沈黙に耐えきれず、煙草を途中で灰皿に押し付け「俺たちも行くか」と言ったが、萌は返事をしなかった。



「・・・ご馳走様でした」

「あァ」



萌は、それだけ言って俯いた。

俺の隣には、ピョンピョンと跳ねるように歩く萌は居なかった。



「少し・・・、散歩してくか?」



萌は、微笑ってコクリと頷いた。



「俺も、久々に飲んだから夜風に当たりてェし」



別に聞いてもないのに、俺はベラベラと話していた。
会話がないと萌が今にも泣 き出しそうだったから。


微笑でも、笑っていて欲しい。
涙は、見たくない。
もう、泣き顔は見たくない。

それなのに、結局お前は泣いてしまうんだ。


俺は、お前を泣かしてしまうんだ。



「土方さんは、優しいですね」

「そんな事ァねェよ」



認めたくない心と、真実を知りたい心が葛藤する。


滑り出した言葉は、



「近藤さんに・・・惚れてる、のか?」



自分で自分の首を絞める言葉。



「・・・バレちゃいました?」

「あァ」



それは、胸を抉って突き刺さるナイフ。



いつになったら、俺の見る景色は色を取り戻すのだろう。


萌は、やっぱり泣いていた。


萌、涙は見たくないんだ。



「土方さんは、何でもお見通しですね」



萌の大きな瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。



「・・・泣くなよ」



今なら、抱きしめることは許されるだろうか。
その涙を、拭うことは許されるだろうか。


「萌」と、呼ぶことは・・・



「図々しいですよね。私みたいな女中が、身の程知ら・・・っっ」



俺は、萌の頬に触れた。

頭の中は既にグチャグチャで、何を考えているのか分からなかったけど萌に触れたかった。

たったの一瞬でも、涙を拭ってやりたかった。



「土方、さん・・・?」

「・・・泣くなよ」



指先に、涙の冷たさを感じた。
俺ではない他の男の為に流した涙が、一層冷たさを感じさせるのかも知れない。



「・・・泣かないで、くれよ・・・」



胸が痛くて、言葉が詰まる。



「土方、さん?」



抱きしめたくても、届かない。
愛したくても、愛せない。
その瞳に映りたくても、映れない。


萌は、こんなに近くにいるっていうのに。



「っっ!」



俺は、「萌」という言葉を飲み込んだ。



「早く泣き止め。そんなツラじゃ帰れねェだろ?」



そう言って俺は、萌の頭をポンポンと撫でた。
萌は、俯いたままで落ちた涙が地面を濡らした。


俺は、何とか保つ理性も限界が近づいているのを確信する。


今だって、このまま抱き締めてしまえたら。



何もかも、無視して本能のままに抱き締めてしまえたらいいのに。

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あきゅろす。
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