キミのためにできること
▼二人の時間
「トシ、萌ちゃんと一緒に郵便局へ行ってきてくれ」
「は?」
「お前は、萌ちゃんのボディーガードだ」
そう言って、近藤さんは俺に目配せした。
わざわざ、二人になれる時間を作ってくれたのだろう。
「分かった」
「萌ちゃん、帰りにトシに何か美味しいものでもご馳走してもらいなさい」
萌は、クスクスと笑って「行ってきます」と近藤さんに手を振った。
近藤さんも、それに応えるように手を振っていた。
隣を歩く萌は、ピョンピョンと跳ねるように歩く。
初めて、二人で出かけた日もそうだった。
その姿に、俺も嬉しくなったのを覚えている。
「近藤さんったら、ボディーガードなんて大袈裟ですね」
「まァ、何があるか分かりませんからね」
「でも、土方さんがボディーガードなら安心ですね」
萌は、二コリと笑顔で俺を見た。
心臓が止まりそうだった。
俺がボディーガードなら安心なんてどういうつもりで言っているんだ。 そのテの話には、敏感な筈なのに。
俺と居て、危険な目に遭ってるんだ。
安心な訳がない。
俺は、萌よりも少し後ろを歩いた。
萌は、髪を一つに纏めて天辺で団子を作っていたが、そこにヒマワリの髪飾りは無かった。
"見覚えはないのに、何か・・・気になる・・・っていうか・・・"
曖昧だけれど、萌の中で髪留めは存在している。
その事だけが、今の俺を救ってくれるんだ。
「私、用事を済ませてきますので土方さんは・・・」
「一服して、ここで待ってます」
萌は、笑顔を置いて郵便局の中に消えた。
▽
「お待たせしました!郵便局、すっごく混んでました〜」
「ご苦労さん」
萌は、ニコニコしながら俺の隣を歩く。
その手に、触れたい。
その肩を、抱き寄せたい。
頭の中は、萌に触れたいという欲求ばかりが駆け巡る。
それなのに、どうすることも出来ない。
こうして、想いを馳せることだけ。
一歩間違えれば、十分に不審者だ。
だけど、もう少しだけ隣で笑って欲しいから。
「そういえば、近藤さんが言ってましたよね。食事でもしますか?」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。何か食べたい物はありますか?」
「じゃァ・・・」
"土方さんが普段、召し上がっているご飯屋さんに行きたいです"
お前と居ると、思い出ばかりが溢れ返る。
初めて二人で出掛けた日に、萌は俺が普段行ってる飯屋に行きたいと言った。
萌の、仕草と一言一言が俺を立ち止まらせる。
「バトルロイヤルホストで。ファミレスって何でもあっていいですよね」
「そうですね」
あの頃の出来事は、まるで夢だったかのように 何もかもが変わってしまって。
「井上さん、甘味が好きなんですか?」
萌が、注文したのはパンケーキ。
パンケーキにはアイスクリームとキャラメルソースがたっぷりとかかっていた。
「大好きです。土方さんも食べてみますか?」
「いや、いいです」
そう言って俺は、コーヒーに口を付けた。
「土方さんは・・・どうして私のことを苗字で呼ぶんですか?」
「えっ」
「他の隊士の方は、皆さん名前で呼んで下さるので・・・私の記憶が無くなる前も、苗字で呼んでいたんですか?」
俺が、萌を名前で呼ばないのは"萌"と呼んでしまったら、他の言葉も溢れ出てしまいそうだから。
「あー、俺のせいで怖い思いをさせてしまったので・・・なんか・・・」
そうなったら、止められない。
本当の事なんて、言えない。
俺は、曖昧な返事をした。
「私、土方さんの事をもう、そんな風に思っていません」
「そう、ですか」
「せめて敬語は止めて下さい。私はただの女中です。副長が女中に敬語なんて絶対に変です!」
萌は、身を乗り出して俺を真っ直ぐ見た。
「・・・分かった。これからは普通に話しま・・・話す、よ」
萌は、クスクス笑ってパンケーキを口に運んだ。
俺も、笑った。
穏やかな空気が、俺を包んだ。
俺は、こんな時間が続くようにと願っていたんだ。
ただ、こうして。
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